第8話_共闘
第8話_共闘
一日の最後――七時間目――の講義が終わった午後二一時過ぎ。
あれから何時間も経つのに、利美先輩の作り笑顔が、残像のように脳裏から離れてくれない。
(広郷~、さっきから、でかい蝶々が飛び交っているな)
(どう見ても、利美先輩の式神ですよね?)
(ああ。夜桜さんと組んで何かやっているんだろうな。――で、広郷は校庭を横切って、どこに向かっているんだ? 今日の講義は終わっただろ?)
若宮さんが言う通り、もう今日の講義は、さっき終わっている。
(夜桜様の神社に願掛けに。それくらいしか僕が利美先輩に出来ることは無いですから)
(何もこんな時間に行かなくても。……って言っても、まぁ、行かないと気が済まないんだろ?)
(はい。理解してくれて、ありがとうございます)
ひと気の無い校庭を横切って、原五之社神社の境内へやってきた。
夜の神社には誰もいない。月の光も木々で遮られて届かない。真っ暗な闇が広がっている。水で手と口を清めてから、お参りをする。もしかしたら夜桜様や松達が出てきてくるかもしれないと少し期待していたけれど、今夜は誰も出てこなかった。
(広郷、お参りが終わったのなら、家に帰るぞ~)
(はい、若宮さん)
境内を出たと同時に、闇が深くなった。
何者かに右手を引かれる。ぞわりと心臓が凍りついた。
「お兄さん、ボクと遊ぼうっか?」「広郷っ、危ない。呪われるぞっ!」
二つの声が重なった瞬間、若宮さんが僕の右手を物凄い力で振り払った。何かが僕の右腕から離れる感触。
白い火ノ玉が点々と闇に浮かび上がり、その中央に、右手が白骨化した白髪の少女が現れた。
フリルがいっぱい付いた白い服を着ている鬼。おでこから二本の角が生えている。見間違いようもない。白髪鬼だ。
「あははっ、お兄さんには、怖いお姉さんが憑いているんだね。でも良いよ、一緒に遊ぼうよ?」
「広郷っ、ここでコイツを倒すぞ。利美みたいに呪われたら厄介だ」
「分かりました、若宮さん」
「広郷に妖力補給を十二〇秒。追加で察知能力三〇秒。全力で決めろっ!」
白髪鬼が、楽しそうな表情で笑う。
「遊んでくれるの? 嬉しいなぁ♪ それじゃ、ボクも行くよ?」
白髪鬼が開いていた傘を閉じて、くるくるとまとめる。傘が淡く光って、細剣へと変化した。
白髪鬼の刃が僕を襲う。左手で打ち上げるように細剣を払い上げて、その反動を乗せたまま右手を白髪鬼の鳩尾に叩きこむ。
「何か、ぬるい♪」
白髪鬼が身体をひねって僕の拳をかわす。上半身を回転させた勢いを乗せた剣閃が、僕の目の前に迫る。ガードしながら、後ろに跳ぶ。ついて来る。妖力で強化した両腕を、深く切り裂かれた。でも、若宮さんの力で麻酔が効いているから、痛みは感じない。
「再生開始、五秒間!」
若宮さんの声が響いて、切り裂かれた傷が一瞬で塞がる。
驚いたような表情を浮かべた白髪鬼の首に、躊躇なく手刀を打ち込む。手加減なんてしない。
上半身をのけ反らせてかわされる。くるりと空中で一回転した白髪鬼に追撃をかける。
右上段突、左上段突、横蹴りから体軸を前に移動させて後ろ回し蹴り。全てを軽くあしらわれる。でも距離をとったら危ない。攻撃を止めたらその瞬間に反撃がやってくるのは分かっている。白髪鬼の細剣が僕を襲う。一歩踏み込み、刃ではない部分を左手で弾き飛ばす。
小さく白髪鬼が笑った。そして動きが――読み切れない。
異常な早さで白髪鬼が踏み込んできたと気付いた時には、左肩を細剣が貫通していた。
その勢いのまま、僕は後ろに吹き飛ばされていた。
「あははっ、もろいな♪ おもちゃを壊すのはワクワクしちゃうよ。でもすぐには壊さない。お兄さん、こういう攻撃には慣れているのかな?」
白髪鬼の周りに白い火ノ玉が無数に生まれる。
そして勢いよく僕に突っ込んできた。結界を展開する。若宮さんの妖力補給は残り約七〇秒。目の前が火ノ玉で真っ白に染まった。
「防御するだけじゃ、ボクには勝てないよ?」
勝ち誇るような白髪鬼の声が結界越しに聞こえてきた瞬間、ぞくっと鳥肌が立った。
「おいおい、あたいがいるのを忘れてないか? 仕込みは万全だよ?」
結界越しに見えた白髪鬼の足元に、若宮さんの百鬼夜行が絡みついている。みちり、みちりと肉と骨が潰れる音が響く。白髪鬼の顔が引きつった。白い火ノ玉が消える。
「うぁあぁっ!」
白髪鬼の真横に生まれた大量の火ノ玉が、雨のように若宮さんの百鬼夜行に打ち込まれた。でも、暗い闇は衰えない。消えない。白い火柱程度では止められない。
不気味な笑い声が百鬼夜行の中から発せられた――次の瞬間、ぞぶりっと水っぽい音を立てて白髪鬼が黒い髑髏の群れに吸い込まれる。悲鳴すら残さない。
「終わったな♪」
満足げな若宮さんの声が響いて、百鬼夜行が若宮さんの足下に引いていく――はずだった。百鬼夜行が蠢いたかと思うと、途中で途切れて、白髪鬼のいた場所で巨大な白い塊に変化した。
聞き覚えのない笑い声が塊の中から響き渡る。
「なかなか活きが良いですね。我の自慢の使い魔を倒すなんて、ちょっと意外でした。その妖力、我が吸収させて頂きます♪」
白い塊から白髪鬼の生首が飛び出して結界の外に消える。それを見定めたかのようなタイミングで、白骨と化した無数の蛇が、うじゃうじゃと白い塊から湧き出してきた。
「広郷っ、一旦、あたいの後ろに下がれっ!」
若宮さんの焦ったような叫び声とほぼ同時に、残された妖力で若宮さんの真横に跳ぶ。
若宮さんが僕を庇うように前に出て、百鬼夜行を発生させた。
黒い塊と白い塊が喰い合う光景はまさに地獄。じわじわと黒い闇が白骨の蛇の集団を押し返して、少しずつ飲み込んでいく。
「若宮さん、私も加勢しますっ!」
結界の中に利美先輩が駆け込んできた。利美先輩が両手を前に向ける。
蝶々の群れで白骨の蛇の動きが遅くなったかと思うと、利美先輩の魚型の式神が次々と白骨の蛇を切り裂いていく。若宮さんの百鬼夜行の速度が上がった。波を打つように蠢きながら、百鬼夜行が白骨の蛇を次々と飲み込んで――白い塊に接近する。
「たたり神の妖力を、我が全部吸収させてもらおうと思いましたが……どうやら少し、我には分の悪い勝負だったみたいです。邪魔も入りましたし、今日のところは引かせてもらいます。――また近いうちに、パワーアップした白髪鬼がお迎えにあがりますので♪」
白い塊から声が聞こえるのと同時に異空間が壊された。前のめりになりながら、慌てた様子で若宮さんが百鬼夜行を回収する。
「あいつ、あたいの百鬼夜行を吸収しやがった」
薄暗い闇の中で苦々しく若宮さんが呟いた。そして、若宮さんが言葉を続ける。
「――もう、白髪鬼やあいつ相手に、あたいの攻撃は通用しない」
利美先輩が驚いたように短く声をあげた。
「若宮さん、勝てないって、どうしてですか?」
「勝てないんじゃなくて、攻撃が通用しないんだ。言葉通りの意味さ。あたいの妖力の塊である百鬼夜行を吸収されたんだから、他の技や術を使っても、最終的には吸収されてしまうだけ。勝てないことはないけれど、相性が最悪なんだ」
利美先輩が絶句する。僕自身、若宮さんに頼れないとなると、どうしたら良いのか分らない。
「広郷も、利美も、黙るなよ。まだまだ対処法は色々ある。例えば、利美の式神は有効だから、上手く使えば押し切れるぞ?」
取り繕うに若宮さんは言ったけれど、それが難しいことであるのは、今日の夕方に若宮さん自身が言っていた。
「まぁ、何だ。こっちには『切り札』もあるしな♪」
「切り札、ですか?」
「うん。でも、今は内緒だ♪」
重苦しい空気を払うように、笑いながら、若宮さんが青色の鬼火を生み出した。
それと同時に利美先輩が声を上げる。
「若宮さんっ、髪の毛が短くなっていますっ!」
「ああ、百鬼夜行ごと妖力を持って行かれたからだよ。セミロングになってさっぱりしただけだから、そんなに驚くな。――それよりも利美、呪いは解けているか?」
利美先輩が右手を見る。詳しい数字まで読み取れなかったけれど、数字が浮かんでいるのが僕にも分かった。残念そうな表情で利美先輩が口を開く。
「……いえ、まだ呪いは掛かったままです」
「そうか。それじゃ、やっぱり白髪鬼を完全に倒さないといけないな。今回は首だけになって、逃げられてしまったから、次は逃がさないようにしないと」
若宮さんが苦笑する。髪のことをあまり驚くなと利美先輩には言っていたけれど、若宮さんは結構気にしているのだろう。僕にすらあまり見せない本気モードの殺気を一瞬だけ、放っていた。
「あの、良かったら私達と共同戦線を張って頂けませんか?」
声がした方を振り向くと夜桜様が立っていた。松とすすきもその後ろに立っている。橙色の火ノ玉が周りに飛んで、僕らは夜桜様の結界に包まれた。
「とりあえず、私達と作戦会議を開きませんか? お互いにメリットがあると思いますよ?」
闇の中で若宮さんが、何かを考えるような仕草をした後、小さく笑った。
「……。ああ、そうだな。話をしようか♪」
(第9話_コレが切り札?へつづく)