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第5話_拒絶反応

第5話_拒絶反応



朱色の曼珠沙華に無数の蝶が描かれた着物を着ている若い女性は、明らかに人間ではない。長い黒髪に底知れない切れ長の目。その全身から莫大な霊気が感じられた。



「夜桜様っ!」「夜桜様っ。ありがとうございます」



松とすすきが曼珠沙華の着物を着た女性に頭を下げる。若宮さんが、ふぅと小さくため息をついた。喉の奥が、ひりひりするような強い緊迫感が辺りを包む。



「あたいの百鬼夜行を一蹴出来るなんて、中々面白い奴だな。犬っころの飼い主か?」

「はい、うちの門守がご迷惑をおかけしました。私は原五之社神社の夜桜と申します」

「神社と言うと――あんたは土地神か。戦うとしても、あたいとは相性が悪いな。それじゃ、夜桜さんに事情とやらを聞かせてもらおうか?」



若宮さんが妖気を抑える。身体中が粟立つような恐怖感が消えていく。



ゆっくりと夜桜様がお辞儀をした。

「ありがとうございます。……実は、三週間前から、私の管轄する地域の妖し達が何者かに連れ去られる事件が頻発しているんです」



「確か、『白髪鬼』とか言っていたな。それとあたいが、何で関係あるんだ?」

不機嫌そうな若宮さんの声に、夜桜様が仕方無いといった表情で小さく微笑む。



「はい。お恥ずかしいことですが、その白髪鬼に関しての情報がほとんど無いのです。白い髪で二本の角を持った女の鬼ということだけしか、犯人の正体が分かっていなくて――」

「だから、あたいを白髪鬼に間違えたと?」

「はい。貴女はこの街では見慣れない方でしたので」



「……そうか、何となく事情は分かった。そして、あんたが、あたいを白髪鬼かもしれないとまだ疑っていることもよく分かった」

殺気がこもった若宮さんの声に、再び、場の空気が凍り付いた。



深呼吸をするみたいに夜桜様がすうっと息を吸い込み、そしてゆっくりと息を吐いた。

「ええっと……若宮さんは、最近こちらにいらしたんですよね?」



夜桜様の言葉に、目線だけは夜桜様に固定したまま、若宮さんが軽く頷く。

「ああ。あたいの神降人の広郷の進学に合わせて、三月末にやって来たばかりだよ」

「そうですか。その話、私は信じることにします。そして、重ね重ねの失礼をお詫びします。ですので、白髪鬼を倒すことに若宮さん達も協力していただけませんか?」



協力という言葉に、若宮さんが考えるような仕草をした。

「白髪鬼を倒す? 夜桜さんに協力するとして、あたいには、どんなメリットがあるんだい? それに、駄犬の不始末はどうやって片付けるつもりか? まさか、うやむやにはしないよな?」



「はい。まずはうちの門守がしでかしたことの償いですが、広郷さんに三〇万円を支払います」



「金で解決か、悪くないな。当然、支払いは現金だよな?」

「はい。銀行振り込みっていうわけにもいきませんので」

夜桜様が冗談っぽく微笑む。でも、その一方で、若宮さんの表情は硬い。



「あたい達が白髪鬼を倒すことに協力したら、その報酬はどうなる?」

「そちらは、五〇〇万円で――」

夜桜様の言葉を若宮さんが苦笑しながら遮る。



「そこら辺で止めにしてくれないかな? やっぱり夜桜さんに協力は出来ない。何でもお金で解決しようとする奴に、背中を預けることが出来ると思うか? どう考えても無理だろう?」



若宮さんの言葉に、夜桜様が絶句した。



短くない、しんとした静けさの後、夜桜様が意を決したように言葉を発する。

「分かりました。今回の件は仕方ありません。白髪鬼は私達で何とかします。とりあえず、今夜中に現金を松とすすきに届けさせますので、それはお詫びとして受け取って下さい」



「分かった。受け取らせてもらう」

若宮さんの表情は固かった。



「それでは、そろそろ失礼させてもらいます。松、すすき、行くわよ?」

「はい、夜桜様」「夜桜様……」

松が夜桜様の隣に並ぶ。――と、すすきが僕と夜桜様を交互に見て、トテトテと僕に近付いてきた。そしてぺこりと頭を下げる。



「黒い骸骨から助けてくれてありがとう、にぃにぃ♪」



頭を上げて小さく笑うと、すすきはくるりと背を向けて歩き、松の後ろで止まった。



「それでは、またお会いすることがありましたら、その時は」

夜桜様が軽く頭を下げると同時に、白い光に包まれて三人が消えた。それと同時に異空間が解かれて、緊迫していた空気が柔らかくなっていく。



気が付くと、夜空に満月が浮かんでいた。



「広郷~、臨時収入が入ったな。今夜は美味しい肉料理を作ってくれ」

嬉しそうな笑顔で若宮さんが僕の背中に抱き付いてきた。



怖い若宮さんじゃなくて、いつもの若宮さんに完全に戻っている。ふと、視線を感じて利美先輩の方を見ると、明るい満月の光の下、深刻そうな表情を浮かべていた。

「ええっと、利美先輩、大丈夫ですか?」



「……」



無言で利美先輩が地面にへたり込んだ。

肩を抱くように、両手をぎゅっと結んで震えている。

「利美先輩、大丈夫ですか!?」

手を差し伸べた瞬間――



「いやぁっ! 触らないでっ!」

利美先輩が悲鳴を上げた。



「若宮さんが鬼神だって知っていたけれど――あんなの聞いていないっ! 何で広郷君は平気な顔をしていられるの!? 若宮さん、どれだけの妖しを殺したの!? いくつの命を闇に取り込んで苦しめているの!? たたり神だなんて聞いていない。穢らわしいよっ!」



思わず、利美先輩に酷い言葉を返しそうになった。でも、ぐっとこらえて、自分の手を握り締める。

「利美先輩、今日は色々とありがとうございました。昆虫採集、子どもの頃に戻ったみたいで楽しかったです。――それじゃ、僕達は、もう行きますね」



僕の嫌味に気付いたのか、無言のまま利美先輩が僕を睨みつけてきた。その瞳には光るものが溜まっている。僕の背中で愉快そうに若宮さんが笑った。そして言葉を発する。



「大人になっても大量の蟲を式神として使い捨てにしている残酷な奴に、あたいは命の大切さを語られたくないなぁ♪」



  ◇



(広郷~、女の子に振られたなっ♪)

(何を楽しそうに言うんですか? 利美先輩に止めを刺したのは若宮さんなのに)



(いや、広郷があたいのために怒ってくれたから、それが何だか嬉しくてさ~♪)

(それはどうも。でも本当、妖しが視える人だったから、良い友達になれるかなって思っていたんですけれど……少しだけ残念です)



(何を言っているんだよ。どうせ可愛い女の子に「好き」って言われたから、もったいなかったなとか女々しいことを考えていたんだろう?)

(そんなこと――いえ、正直に言うと思わなくはないですけれど……やっぱり、嫌われるのは寂しいんですよ)



僕が乗っている学校からの帰りのバスは、時間帯の関係なのか比較的空いていた。

ぼんやりと窓の外を眺めていると――白い何かが横切った。その途端、急ブレーキをかけるバス。車内アナウンスが流れる。



「お客様、突然のブレーキ、誠に申し訳ございません。当バスの前方でバイクが事故を起こしているみたいですので、救助に向かいます。お客様は車内からお出にならないでお待ち下さい」

バスの運転手が慌てた様子でエンジンを切って、バスの外に出ていく。



ざわつく車内。



(あたい、様子を見てくるよ♪)

(野次馬、いつも好きですよね、若宮さん)

(あははっ、そうかもしれないな。いや、ここは好奇心が旺盛だと言ってくれ♪)



ふわりと僕から離れて行った若宮さん。そして――すぐに戻って来た。

(広郷っ、利美が事故ってる!)

(えっ、利美先輩がですか!?)



思わず身体が動いていた。


(第6話_土地神との交渉へつづく)


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