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第4話_その言葉の理由

第4話_その言葉の理由



日の暮れた土手。菜の花の香りが漂う静かな場所。



木製のベンチに腰掛けながら、利美先輩と話を続ける。若宮さんは、僕の背中にくっついたまま離れない。



「広郷君、いきなり結婚って言われても、びっくりしちゃうよね、ごめんね、さっきまでちょっと強引すぎたと自分でも思う。でも、私が広郷君のことを好きになっているのは本当の事だから……」



「利美先輩、結婚って言っても……僕が十八歳になるまで法律上は結婚できませんし――その、何か事情でもあるんですか?」



「……うん。訳、聞いてくれる?」

真剣な表情で僕を見つめる利美先輩に、頷くことで返事をする。



「ありがと広郷君。私の実家は、鹿児島県北部にある「霧島山神宮」の系列にあたる中規模の神社をしているんだけれど……私は長女だから、将来は神社を継がないといけないの。でもね、神社を継ぐには強い妖しや式神を連れた男性と結婚しないといけないしきたりがあって……」



「だから、強い鬼神のあたいを連れている広郷が、気に入ったと?」



「はい、若宮さん。でも、それだけじゃありません。本当に広郷君のことが好きなんです」



可愛い女の子に目の前で好きと言われるのは、何だか恥ずかしいような、くすぐったい気持ちがする。でも、何となく現実感が湧かないのは、どうしてなのだろう?



「だからと言って、広郷に結婚を申し込むのは――何か特別な理由があるんじゃないか?」

「えっと……はい、若宮さん。実は今、私には婚約者候補がいます。そして、このままでは、来年の三月に高校を卒業したら、結婚させられてしまうんです」



「婚約者候補がいるのに、広郷に粉を掛けるということは――利美は、その婚約者候補が気に入らないんだな?」



からかうような若宮さんの言葉に、利美先輩が俯いて両手をぎゅっと握りしめた。静まり返る空間。そして、意を決したように、ゆっくりと利美先輩が口を開く。



「……はい。家柄が良いので、私の両親は相手の人を気に入っているみたいなのですが……その人が式神使いの実力を鼻にかけている感じが、私は好きになれないんです。それに式神を単なるモノとして扱う価値観も大嫌いなんです。だから――鬼神の若宮さんと仲が良さそうな広郷君を見かけて、あったかい雰囲気が何だか良いなぁって感じて、一目惚れしちゃったんです」



俯いたままの利美先輩の表情は見えない。でも、耳が真っ赤に染まっていた。何となくだけれど、冗談半分で好きと言っているようには感じられなかった。



「まぁ、確かに広郷はあたいが『あたい好みの男』になるように育成中だから、乙女心をくすぐられるのも分からなくはない……が、あたいから横取りするのはダメだ。あげないよ♪」



「ううっ、でも、とりあえず、ゴールデンウィークに少しだけ広郷君を貸してくれませんか?」

「何で? あたいには、そんな義理は無い」

そっけなく断る若宮さん。……。僕の意思は――僕が利美先輩のことを少し気になり始めているということは――若宮さんには関係無いらしい。



利美先輩が、ぐしゅっと鼻をすすった。



「今度の土曜日、私、実家に帰らないといけないんです。このままじゃ、私、好きでもない人とデートさせられてしまう……そんなの嫌だよぉ。うぇぇえっ……」



利美先輩が突然泣き出した。さすがの若宮さんも想定外だったのか、困惑したような雰囲気が背中越しに伝わってくる。



「広郷~、どうする?」



めんどくさそうな「どうする?」だった。つまり、手早く済ませろと若宮さんは言っている。



頭の中で必死に言葉を選んで、利美先輩の顔を見ながら口を開く。

「利美先輩、とりあえず『仲の良いお友達』から始めさせてもらえませんか? 僕、初対面の人には怖がられるみたいで、今まで普通の友達が出来たことが無いんです。だから、お付き合いする前に、友達として一緒に過ごしてもらえると嬉しいなって思うんです。それに、友達なら、利美先輩の望まない結婚を阻止するのに協力が出来ると思いますから」



不思議と早口になっていた。思っていることを正直に伝えた僕を、利美先輩が目元を擦りながら見つめてくる。僕を信用しても良いのか迷っている、そんな表情だった。



「……それじゃ今度の土曜日、うちの親を説得するのを、広郷君も手伝ってくれるの?」



「ご両親の説得なら協力します。僕が彼氏のふりをすれば良いんですよね?」



「……うん。ありがと。……若宮さんも、良いんですか? 広郷君を借りても」



利美先輩の言葉に、若宮さんが僕の背後で小さく頷く気配がした。

「仕方ない、良いよ。蟲神使いの家に興味があるし、あたいも一緒に行ってあげる」



「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします、広郷君、若宮さん」



利美先輩が頭を下げて、嬉しそうに笑った瞬間――僕らの周りに橙色の火ノ玉が生まれた。一つ二つじゃない。あっという間に数十個の火ノ玉に囲まれる。



  ◇



いつの間にか、僕らは妖しの生み出した異界に取り込まれていたらしい。



「ええっ、これは何ですかっ!?」



慌てた様子の利美先輩の声に、若宮さんが苦笑する。そして、僕の背中からふわりと離れて、僕と利美先輩の前に立った。



「どうやら、あたい達は中級の妖しに目を付けられたみたいだね。殺気がビンビン飛んで来ているから。――ほらっ、あんた達も、いつまでも闇に隠れていないで出てきなっ!」



若宮さんの視線の先、どろどろとした暗い闇の中から、少し変わった巫女装束の小柄な二匹の妖しが出てきた。



爛々と光る四つの瞳。桜色の着物と紅色の袴を着けている二匹の妖しは、中学生くらいの女の子に見えるけれど、頭に犬のような耳があるから明らかに人間ではない。栗色の髪の妖しは、ぴんっと尖った三角形の耳を、焦げ茶色の髪の妖しは、ぺたんと倒れた楕円形の耳を、警戒するように動かしていた。



「ついに見つけたぞ、白髪鬼っ!」「覚悟しろ白髪鬼っ!」

殺気がこもった二匹の妖しの言葉が重なると同時に、若宮さんが怪訝そうな表情を浮かべた。



「白髪鬼? そこの二匹の犬っころは、何か勘違いしてないか?」



「勘違い? まさか。髪の白い鬼女が、この土地の妖しを狩っているっていうのは分かっているんだっ! いつもいつもこそこそ逃げやがって。今日こそは、この松が成敗してくれる!」

「すすきが成敗してくれるっ! ――っていうか、松ちゃんとすすきのことを犬って言うな!」



「犬っころを犬と言って何が悪い? ああ間違えた。駄犬と呼んだ方が良いのか?」



若宮さんの挑発に、松とすすきという二匹の妖しが顔色を変える。

「松達は犬じゃないっ! 原五之社神社の門守だっ!」「きちんとした、神様の使いなのっ!」



「はんっ、そんなのあたいには関係無いね」



「白髪鬼、覚悟しろ!」「逃がさないからねっ!」

松とすすきが両手の爪を伸ばした。五〇センチはありそうな鉤爪を構えた松とすすきが霊気を発する。



若宮さんが嬉しそうに小さく笑う。

「何だか、面倒なことになったけれど――降りかかった火の粉は払わせてもらうよ。利美、さっきまでの話なら、多少は式神を使えるんだろう? 二〇秒だけ時間を稼げ!」



「はいっ、若宮さんっ!」

利美先輩の周りに光が生まれて、数十匹の蝶々が現れる。



若宮さんが短い言霊を口にする。

「広郷に妖力補給を三〇秒。広郷、ちゃちゃっと決めろ!」



「はい、若宮さん」

身体が熱くなり視界が黒く染まる。若宮さんからの妖力補給。

利美先輩の式神が飛ぶ速度に合わせて、足の裏で地面を蹴って前に出る。



松とすすきが驚いたような表情を作った。

「コイツら、人間のくせに白髪鬼の手下になってる」「三対二は、ずるいよぉ」



利美先輩の蝶々の群れが二匹の妖しに直撃する――と思われた瞬間、松とすすきが両手の鉤爪で式神を次々と切り裂く。紙吹雪のように式神の残骸が宙を舞い散る中、松が飛び出して僕に右手で斬りかかってくる。



一歩前に踏み込んで松の右手首に左手を打ち込む。そして、下段から斬り上げようとしていた松の左手を同時に止める。右肘を松の顎に打ち込む。かわされた。上半身を捻って左手で松の右腕をつかむ。足を払う。投げる。



空中で二回転して、松が足から着地する。闇夜の獣みたいに、爛々と瞳が輝いていた。



松がちらりとすすきを見て、右に跳んだ。すすきが左に跳ぶ。

松とすすきが同時に左右から斬りかかってくる。僕の両肩に二匹の爪が掛かる――瞬間にカウンター気味に両手を前に突き出して松とすすきに妖力を叩き込む。



僕に飛びかかってきた勢いそのままに、地面に転がって動かなくなる二匹。でも、すぐに上半身を持ち上げる。



僕の背後で若宮さんが嬉しそうに声をあげた。

「なかなかやるなぁ、犬っころ。広郷の攻撃を受けて気絶しないなんて。でも――立ち上がれないだろ? 身体を支える腕が震えているぞ?」



「くっ、まだ松はやれるっ!」「すすきも大丈夫だもんっ!」



「そう粋がるな。コレで、もう終わりにしてあげるから♪」

勝ち誇るような若宮さんの声色。全身に鳥肌が立った。



目の前に転がっている二匹の妖しよりも凶悪な気配に、思わず後ろを振り向いてしまった。

若宮さんの影が、どろどろと黒く蠢いていた。松とすすきが悲鳴を上げる。若宮さんの影の中から、無数の髑髏と亡霊が手招きをしながら這い出してきたから。



若宮さんの支配する妖し――百鬼夜行――が解放されていた。

黒い屍が呪詛をまき散らしながら、ケラケラ笑って、次々とその数を増やしていく。それはまさに死者の行軍。



「さぁ、お前達も仲間にしてやるよ。永遠に近い時を、冷たい骸になって彷徨いなっ♪」



不気味な髑髏の群れが僕の横を通り過ぎて、松とすすきを囲むようにゆっくりと近付く。

松とすすきは、絶望した表情でガクガクと震えていた。



「ちょっ、若宮さん待って下さい。相手はまだ子どもですっ!」

「広郷~、妖しを外見だけで判断するなっていつも言っているだろ? 見たところ、こいつら一五〇年は生きている化け物だぞ? ――っていうか、そんな甘っちょろいこと言うなんてさ、広郷、さっき手加減しただろ?」



射すくめられるような若宮さんの視線。鬼神の本性をあらわにしている若宮さんを、神降人の僕は止めることが出来ない。だから嘘をつくことはとても怖い。



「そんなことは――」

「広郷は女と子どもには甘いよな? あたいはそういう広郷のこと、嫌いじゃないよ?」

僕の言葉を遮りながら、爛々と銀色の瞳を輝かせた若宮さんが、口元だけで微笑む。

寒気を通り過ぎて吐き気がした。若宮さんの目が笑っていない。



「……っ。ありがとうございます、若宮さん」

言葉が詰まる。呼吸が苦しい。



「やっぱり否定しないのな。でも、これ以上あたいの趣味を邪魔したら、広郷とはいえ、どうなるのか分かっているよな?」

背中に、ぞくりとくる低い声。



若宮さんが本気で怒ったら、辺り一面に妖気を際限なくまき散らして、僕と若宮さん以外の存在を黒い闇が食べ尽くしてしまう。手加減なんて、若宮さんは、きっとしない。

そうなったら、利美先輩も、松も、すすきも助けることは出来ない。この世に残されるのは、呪詛の渦巻く「穢レ地」のみ。自殺の名所が一つ出来上がる。



それは、絶対に避けないといけないこと。

「若宮さん、分かっています。でも――二人には何か事情があるみたいですし、今回だけは、見逃してあげられないでしょうか?」



「嫌だよ。あたいに牙を向けた駄犬には、それなりの責任を取ってもらう」



「あの、ちょっとすみません。私達の事情だけでも聞いて下さいませんか?」

結界の外から、知らない女性の声が響いた。



その瞬間、若宮さんの百鬼夜行が白い光に包まれて消え去った。



若宮さんが小さく舌打ちをする。と同時に、松とすすきの前に一人の女性が立っていた。



(第5話_拒絶反応へつづく)

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