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第3話_蟲使いの告白

第3話_蟲使いの告白


「……。広郷、コイツ、ダメな奴だ。天然系の自己中だよ、きっと」

女の子の空気を読まない行動に対して、呆れたように若宮さんが呟いた。それと同時に、僕らを包んでいた若宮さんの殺気が消える。



「自己中とか言ったらいけないんですよ? これでも私、愛されキャラなんですから」

心外といった表情で言葉を発した女の子を、若宮さんが鼻で笑う。



「空気が読めない奴に、ストレートに悪口を言って何が悪い?」



ふむぅ、と言って女の子が口元を歪めた。そして――にこりと笑顔を作る。

「あ、そういえば自己紹介がまだでした。私、大久保利美おおくぼ・としみって言います。この学校の三年生で、生物部の部長と生徒会長やっています♪」



赤いアンダーリムのメガネにしゃきっと手を掛けて、少し自慢げに女の子が胸を張る。

再び小さな沈黙が流れた。空気を読めない、いや、あえて読まないのか? この人が生徒会長って……この学校、大丈夫だろうか?



「大久保先輩は――」

「利美先輩で良いよ? 他の人にも下の名前で呼ばれているから。その代わり、私も丁寧語は使わないけれど良いかな?」



「はい、分かりました。えっと、利美先輩は、本当に生徒会長をしているんですか?」

僕の問いかけに、利美先輩が再び胸を張る。さっきも思ったけれど――若宮さんと比べるのは酷だけれど、平均以上のサイズかな、なんて不埒なことを一瞬だけ考えてしまった。



次の瞬間、利美先輩に笑顔でじっと見つめられて、心臓がドキリとした。



「私、入学式で代表の挨拶をしたけれど、覚えていない?」



「……すみません、記憶に無いです」

本当に記憶は無い。あと、変なことを考えて本当にすみませんでした。



「そっか、残念。でも、今回のことで私のこと、覚えてくれたよね?」

「えっと、はい。しっかり覚えました」

僕の言葉に、満足そうに利美先輩が頷く。そして悪戯っぽく笑うと口を開いた。



「私は自己紹介したのに、君は名前を教えてくれないの?」



「あ、僕は調所広郷ずしょ・ひろさとです。一年生です」

「へぇ、広郷君は、江戸時代に薩摩藩の財政再建をした家老と同じ名前なんだ。珍しいね?」



「たまに言われます。でも、それを言ったら利美先輩は、明治時代の有名人とほとんど同じ名前じゃないですか」

僕の言葉に、苦々しい笑顔を利美先輩が浮かべる。



「それを言われるのは、ちょっと苦手。ごめんね、広郷君も同じ気持ちだったよね?」



「いえ、僕の方こそ、すみません」

利美先輩に頭を下げる。ちょっと気まずい沈黙。



「……広郷君、ところでさ――今、暇しているかな?」



利美先輩の含みのある声。少し嫌な予感がした。なんとなく断った方が良い気がする。

「いえ、忙しいです」

「嘘付き。こんな時間に一人で足湯に浸かっている人は、暇人に決まっていると思うけど?」



じとっとした目線で利美先輩に睨まれてしまった。再び沈黙が訪れる。



「……すみません、暇人です。いえ、たった今、暇になりました」



「よろしい。それじゃ、本題に入るけれど――私ね、生き物が好きなんだ。で、ちょっとお願いがあるんだけれど、蝶々を捕まえるのを手伝ってくれないかな?」



そう言うと、利美先輩は捕虫網を僕の手に握らせて来た。

若宮さん以外の、女の子の柔らかくて温かい手の感触。思わずドキリとしてしまって、拒否することも振り払うことも出来なかった。膝の上にプラスチックの昆虫ケースを置かれてしまう。



「広郷君は、オオスカシバっていう蝶々を知ってる?」



足湯から上がりながら、利美先輩が僕に聞いてきた。

「確か、ハチドリみたいな虫ですよね? 緑色の身体に透明な羽根を持った」



「そう。オオスカシバを知っているなんて、もしかして広郷君も虫が好きな人?」

「いえ、うちの父親が虫好きでした。小さい頃に、昆虫採集を手伝わされたことがあります」

「それなら、昆虫採集の経験者ってことね。たくさん採れることを期待しても良いかな」



利美先輩が微笑みながら、タオルで足を拭く。



僕も足湯から上がって――利美先輩に連れられてやってきたのは校庭の片隅にある土手。夕日でオレンジ色に変化した菜の花の帯が、延々と続いている幻想的な場所だった。



「綺麗な場所ですね」

「うん、私もここが好きなんだ。んで、今の時間帯に、この春羽化したばかりのオオスカシバが沢山やって来るの――ほらっ、こんな感じで♪」



利美先輩が白い捕虫網をふわり、くるり、と動かす。空中で折り曲げられた捕虫網の中に、一匹のオオスカシバが入っていた。バタバタと羽を動かして網の中でもがいている。



「こんな感じてどんどん捕まえちゃって。広郷君の目標は五匹以上。すぐに捕まえられると思うけど、完全に日が落ちちゃうとオオスカシバはいなくなってしまうから、それだけは気を付けてね?」



  ◇



気が付くと――半ば強引に押し切られて始めた昆虫採取だったけれど――すぐに楽しくなっている自分がいた。捕虫網を振り続ける度に、昔、父親と一緒に過ごした時間を思い出す。



(案外、楽しんでいるみたいだな広郷。子どもっぽいぞ♪)

僕の背中に取り憑いている若宮さんに、くすくすと笑われてしまった。



(結構、楽しいですよ、若宮さん)

(そうみたいだな、広郷のうきうきした活気があたいに流れ込んでくるから、よく分かる)



動きの素早いオオスカシバを捕まえ始めて二〇分。夕日が沈むとほぼ同時に、五匹目のオオスカシバを捕まえることが出来た。



利美先輩に合流する。

「利美先輩、無事に五匹捕まえられました」

「良かった。私の方は十匹捕まえたよっ♪」

利美先輩が少し自慢げに昆虫ケースを持ち上げて僕に見せる。ケースの中で、たくさんのオオスカシバが飛び交っていた。



「ところで、捕まえた虫はどうするんです? 生物部だから標本にするんですか?」

僕の言葉に、利美先輩がにっこりと笑顔を浮かべる。そして意外な言葉を発した。



「私の『式神』の触媒にするの♪ ほら、こんな感じで」



利美先輩がポケットから折り紙――いや違う。呪符で折った蝶々を取り出してオオスカシバを触れさせる。



うじゅりっと水っぽい音を立ててオオスカシバが紙の中に飲み込まれていった。



(この嬢ちゃん、蟲神使いだ)

驚いたように若宮さんが呟いた。



(蟲神使い? 何ですか、それ)

(式神に蟲の魂を吸わせることで、強い霊力を発揮する特殊な式神使いのことだ。幕末頃まではそれなりの人数がいたが、今となっては希少な能力者だ)



若宮さんの物珍しそうな視線が嬉しかったのか、自慢げに利美先輩が微笑む。

「私、神社の跡取り娘なんだ♪ それでね、実はお願いがあるんだけれど――」



小さな間をおいて、利美先輩が真っ赤な顔をしながら、僕の目をじっと見て言葉を続ける。



「――私と結婚して。入学式の時、広郷君に一目惚れしちゃったの」



僕の横に浮かんでいた若宮さんが、びくりと身体を反応させて、僕に抱き付いてきた。

「あ、あたいは認めないからなっ! あたいの広郷が、結婚とか、まだまだ早いぞっ!」



若宮さんの長い爪が肩に食い込んで少し痛い。ちょっと血が出るかも。



(第4話_その言葉の理由へつづく)

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