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第2話_出会い

~第2話_出会い~



若宮さんとのお風呂タイムは、まだ続いていた。



ひとしきり自分の身体を洗ってから、若宮さんの後ろに座って、濡れた白い髪の毛を洗う。

「いや~っ、やっぱり広郷に洗ってもらうと気持ちいいなぁ~♪」

もしゃもしゃとシャンプーを泡立てていると、嬉しそうに若宮さんが呟いた。



「若宮さん、わざとらしいです」



「そうか? これでも、あたいは広郷に感謝しているんだぞ?」

「それは分かっていますけれど、お風呂に入るために、いちいち僕を脅さないで下さいよ。心臓に悪いです」



僕の言葉に、若宮さんが前を向いたまま小さく笑う。



「だって。広郷が怒るからいけないんだよ? あたいは広郷のこと、大好きなのに」



「僕も若宮さんのことは好きですよ。でも――」

ひねくれすぎですよ、と言おうとした僕の言葉を遮って、若宮さんが首を後ろに倒した。僕の肩に若宮さんの頭が乗っている。



「ありがと。あたい達、両想いだねっ♪」



「そうですね、たたり女神の若宮さんと、その神降人みことして両想いなのは良いことだと思います」



若宮さんは、僕の一族に代々とり憑いているたたり女神。そして僕は一族の中でも特に若宮さんに気に入られた神降人。五歳の誕生日に若宮さんに全人生を捧げることが決まった代償に、若宮さんの妖力を借りて、多少の奇跡を起こすことができる存在になった。



「う~、広郷、何だかそっけない返事だなぁ。まだ、昨日のこと怒っているでしょ?」

「怒っていませんよ。それよりも――若宮さんの髪を洗えませんので、そろそろ首を元に戻してもらえませんか?」



「あぃ、分かった♪」

若宮さんが首を元に戻す。わしゃわしゃと地肌を洗って、白い泡を馴染ませるように毛先へ持っていく。それを何度も繰り返して髪全体を洗い終える。



ここから先は若宮さんの仕事。

「若宮さん、洗い終えました。角は自分で洗って下さいね」

「うん、ありがと♪」



そう言うと、若宮さんが象牙色の角を両手で洗い出す。

いつも髪を僕に洗わせる若宮さんだけれど、二本の角だけは絶対に触らせてくれない。間違えて手が触れてしまうだけで、途端に不機嫌になってしまう。若宮さんいわく、鬼にとって角はデリケートで大切な場所らしい。



「広郷~、明日は高校の入学式だよな? あたいも憑いていって良いか?」

若宮さんが寒くないように、いつもの習慣で湯船のお湯を若宮さんにゆっくり掛けていると、前を向きながら若宮さんが聞いてきた。若宮さんから、こんなことを聞いて来るなんて珍しい。



「良いですよ? ダメって言っても若宮さんは、いつも、どこにでも憑いてきますよね?」



「うん。……でも、高校では、広郷に友達が出来ると良いなぁって思うんだよ」

前を向きながら申し訳なさそうに若宮さんが呟いた。



たたり神の若宮さんに魅入られてしまった僕は生き物に本能的に恐れられる存在になっている。犬や猫には逃げられるし、人間相手だって怖がられてしまう。だから、物心ついてからは友達と呼べる人ができたことが無かった。



僕に関わった人間は、教師も同級生も後輩も、みんな居心地の悪そうな表情を浮かべる。僕のことが、どこか怖いと敬遠する。でも、それは仕方がないこと。若宮さんが悪いのではない。



「えっと、若宮さん。僕が通うのは、単位制の定時制課程――お昼から夜まで授業のある高校――なので、きっと大丈夫ですよ。多分、僕みたいに少し変わった人達が集まっているでしょうし、もしかしたら気の合う友達が出来るかも知れませんし」



「そうかなぁ? 広郷に、友達出来るかな?」



「そうですよ。それにもし友達が出来なくても、僕には若宮さんがいますから、十分幸せです」



苦笑するみたいな若宮さんの声が聞こえたけれど、正面にある鏡でその表情を覗いてはいけない気がした。若宮さんは、僕に友達が出来ないことを、本当に心配してくれているから。



  ◇



入学式から約一か月。

明々後日からゴールデンウィークだというのに、僕には一人も友達が出来ていなかった。とはいえ、定時制高校には一人が好きな人が多いから、体育の授業でも相手に困ることが無い。それだけは気持ち的に楽だった。



講義が休講になった空き時間、やることもないから校庭一角にある足湯で、若宮さんと二人きりで夕暮れ時の空を眺めていると――



「お隣、良いですか?」

優しそうな女の子の声がした。



声のした方を振り向くと、じぃーっと僕を見つめる、透き通った黒い瞳と視線がぶつかった。

ロングストレートの黒髪と、斜めにざっくり切りそろえられた特徴的な前髪。その下で自己主張している赤いアンダーリムのメガネの奥には、興味津々といった様子で輝いている大きな瞳。



一つ不思議なのは、彼女が右手に大きな捕虫網を二本持っていること。綺麗な女の子に捕虫網というアンバランスなアイテムが、おそらく彼女が変わり者だという事実を僕に教えてくれる。



「あのぅ、お隣、良いでしょうか?」

女の子に再び声をかけられて、見惚れていた自分に気が付いた。

恥ずかしくて、顔が熱くなっていく。理由は分からないけれど、上手く声が出なかった。



「あっ、はいっ。僕は大丈夫です……」



「貴方、見慣れない顔ですけど一年生ですか?」

左手の人差し指を上に向けて真っすぐに伸ばして、一という数字を示しながら、女の子が聞いてきた。メガネの奥の大きな瞳が、優しく笑っていた。



「えっと、はい。……あの、そういう言い方をされるということは、貴女は――」

僕の先輩ですか? とは聞けなかった。女の子が伸ばした人差し指の先に、五〇センチくらいありそうな蝶々が止まっていたから。それは明らかに妖し。



一瞬固まった僕の反応を見逃さずに、嬉しそうに女の子が笑う。



「やっぱり、貴方も、コレが視えちゃう人なんですね?」



「……えっと、何のことです?」

高まる緊張感。きわどい質問には笑顔を返すことにした。



彼女も妖しが視える少数派の存在。はたはたと巨大な蝶々が羽ばたいて、僕と若宮さんの周りをぐるぐると飛んだ。



ロングスカートをたくし上げながら、女の子が足湯に入ってくる。

「この蝶々、私の作った式神なんですけれど、視えないふりをするんですか? それでも私は構いませんけれど――私、貴方の後ろにいる、鬼のお姉さんが気になるんですよ」

真っすぐな視線で女の子が僕を見つめた。



いや、違う。僕の首に抱き付いている若宮さんをじっと視ている。若宮さんが僕にだけ聞こえるように、頭の中で話しかけてきた。



(広郷、こいつ本物だぞ。あたいと視線がぶつかっている。妖しを視れる人間だ)

(でも、だからって言って、僕が妖しを視れることを彼女に伝えるメリットは何もありません。事実を話したとしても、結局、変な人間だと思われるだけです)



(それもそうだな。やっかいごとに巻き込まれたら面倒だし、この女にあたいが「たたり神」だと悟られる前に、どこかに消えてもらおうか)



「しっ、しっ。あたいが怒らないうちに遠くに消えな♪ お嬢ちゃんには聞こえているんだろ?」

若宮さんが猫を追い払うみたいに小さく手を動かした。



仕方無いといった表情を浮かべた女の子が溜息をつくと、蝶々の式神が空気に溶けるように消えていく。

「私、鬼のお姉さんには嫌われちゃったみたいです。でも、貴方は、お友達になって下さいませんか?」

そう言うと、女の子は僕の顔を覗き込みながら、ゆらゆらと足を動かした。



沈黙が僕らを包んで、足湯の水面が波打つ音だけが小さく耳に響いた。



「んんっ? あたいは、遠くに、消えろと言ったけれど?」

不機嫌そうな声で静寂を破ったのは若宮さん。



くすくすと女の子が楽しそうに笑う。

「私、今、何か聞こえたような気がしたんですけれど――貴方は何も聞こえなかったですか?」



若宮さんの雰囲気が変わる。無視されたことにカチンと来たみたいだ。背筋が凍り付きそうになる暗い殺気が、若宮さんの身体から発せられた。妖気を解放しようとしている。



「ちょっ、若宮さん、ここで力を解放するのは止めて下さいっ! ――っていうか、貴女も、うちの若宮さんを挑発するような言動は止めて下さい、死にたいんですか!?」

思わず口に出して叫んでいた。女の子が嬉しそうに微笑む。



「死ぬわけ無いじゃないですか。そばに主がいるのに、式神が暴走することなんてありえないでしょう?」

その自信に満ちた顔に恐怖を感じた。



知らないということは恐ろしい。

若宮さんの殺気を感じているはずなのに、平気でいられるなんて少し異常だと感じていたけれど、この人は若宮さんを制御ができる式神だと勘違いしている。若宮さんは、野生の猛獣みたいな、何かあればすぐに噛みつく危険なたたり神だというのに。



そんなことを知りもしない女の子が、言葉を続ける。

「鬼のお姉さんは、『若宮さん』って名前なんですね。よろしくお願いしますっ♪」

わくわくしたような声色で、若宮さんに頭を下げる女の子。



ふわりと黒髪が宙に舞って、甘いシャンプーの香りがした。



(第3話_蟲使いの告白に続く)

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