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第19話_心の隙間

第19話_心の隙間



気が付くと、古ぼけた映画館の椅子に座っていた。薄暗い室内、観客は僕一人だけ。

スクリーンには、着物姿の白髪の武士と幼い若宮さんが映っていた。



「笑左衛門。今月の返済分はちゃんと商人に支払ったか?」

「もちろんだよ、若宮さん」

「よろしい。お目付け役としてあたいがいるから、ちゃんと二五〇年かけて薩摩藩の借金を返すんだぞ♪」

「ああ、商人との約束なんてどうでも良いが、若宮さんと約束したからには、ちゃんと返すよ」

「そうそう。借金を返さないと、あたいは笑左衛門の一族をたたらないといけなくなってしまう。あたいは、たたり神にはなりたくないから、頑張るんだぞ!」

笑左衛門と呼ばれている白髪の武士に、幼い姿の若宮さんはとても懐いているみたいだった。



映像が途切れて、再びスクリーンに着物を着た白髪の武士と幼い若宮さんが映る。

「笑左衛門。今月の返済分はちゃんと支払ったか?」

「もちろんだよ、若宮さん」

「よろしい――」

同じ映像の繰り返し。



そして、すぐに気が付いた。これは、若宮さんと僕のご先祖様の映像だ。

幼い頃、若宮さんに昔話を聞いたことがある。僕のご先祖様は薩摩藩の家老で、藩の借金を踏み倒したから若宮さんに祟られたのだと。



再び繰り返される映像。

「あたいはたたり神にはなりたくないから、頑張るんだぞ!」



そこで映像が途切れる――と思った瞬間、スクリーンの中の若宮さんが僕の方を見た。

「そこのお前、なんであたいを視ているんだ?」

スクリーンが波打って、幼い若宮さんが外に出てきた。そのまま空中を飛んで僕の目の前で止まる。帯電しているのか、幼い若宮さんの白い髪の毛がふわふわと揺らめいていた。



「若宮さん?」

「何だよ、お前に馴れ馴れしく名前を呼ばれる筋合いは無いぞ? 何であたいを視ているんだって聞いているだろ?」

「それは――気が付いたら、ここにいました」

じとっとした視線で、若宮さんに真正面から目を覗きこまれる。

何かを試されているみたいで落ち着かない。



「嘘付くな。ここはあたい以外の存在が入って良い場所じゃない。それに、普通の人間は入れるような場所じゃないんだぞ?」

非難するような声色。若宮さんの不審そうな視線は変わらないけれど、その銀色の瞳から目線を逸らしたらいけないような気がした。

「……すみません。でも、本当に気が付いたら、ここに入ってしまっていましたので」



「……。そうか、入ってしまったのなら仕方ないな。それに、お前は良い目をしているから、特別にあたいの暇つぶしに付き合わせてやろう♪」

にこっと若宮さんが笑う。小さな牙が口元から見えた。



「とりあえず、お前の名前を教えろ」

「名前ですか?」

「お前だけ、あたいの名前を知っているというのは不公平だからな」

「広郷です。調所広郷です」

「調所? お前も調所という名字なのか? 偶然だな、あたいのお気に入りの人間と同じ名字だ。まぁ、笑左衛門は六〇歳手前のくそじじいだけれど♪」



愉快そうに笑ってから若宮さんが言葉を続ける。

「あたいは、笑左衛門の子ども達を守ってやるんだ。調所の子ども達に何かあったら、あたいはどこにいても助ける。たとえたたり神になったとしても、地獄の底にいたとしても、舞い戻って助けてやる――っ、うぅっ」

小さな若宮さんが、急に頭を抱えてうずくまる。

「若宮さん、どうしましたかっ!」



「うぅうっ、頭が、頭が割れるように痛い……」

若宮さんが膝から崩れ落ちるように倒れると、頭を押さえながら小刻みに震える。そして、小さな叫び声を上げたかと思うと、映画館の床をのたうちまわり始めた。

「若宮さんっ!」

苦しんでいる若宮さんを抱き起そうとした瞬間、若宮さんに振り払われた。

「気安くあたいに触るなっ!」



流れる鮮血。ざっくりと左腕が切れていた。激痛が走る。妖力補給無しで、この怪我はかなり痛い。

「人間風情が、あたいに、触るな……っ」

地面に横たわったまま、小型の肉食獣のような瞳で僕を睨みつけてくる若宮さん。黒い霧が、若宮さんの全身を護るように包んでいた。

でも、それは一瞬だった。びくりっと眉を動かして、若宮さんの表情が青ざめる。



「この血の匂い――あたいは知っている。笑左衛門と同じ匂いがする――」

震える手で、ぺろりと、若宮さんが血で染まった右手を嘗めた。

小さな沈黙が流れる。そして若宮さんが笑い出した。床に寝そべったままお腹を押さえて、愉快そうに笑っている。



ひとしきり笑った後、両手を大きく伸ばすと、上半身を起こして若宮さんが微笑んだ。

「広郷、悪かった。お前の血のおかげで、失っていた記憶を全部取り戻せたよ♪」

「若宮さん、本当に若宮さんですか!?」

僕に対する返事の代わりに、得意げな表情を若宮さんが浮かべて、床から起き上がった。

「広郷、そんなに驚くな。妖力が無くなってちょっと身体が縮んでしまったが、あたいだよ」



若宮さんが、そっと両手を僕の左手に添える。

青い光とともに、左手の傷の痛みが少しずつ無くなっていく。

「それにしても、広郷、お互いに何だか厄介なことになっているな」

若宮さんは優しい目をしていた。さっきの言葉通り、全て思い出してくれたみたいだ。

「はい、でも、ここはどこなんですか? 百鬼夜行に取り込まれたと思ったらこの場所にいて……」



「ここは、あたいの心の奥。百鬼夜行に囲まれた小さな部屋」

「百鬼夜行に囲まれた部屋?」

「あたいの心の閉鎖空間、いわゆる『秘密基地』さ。心の奥の奥の奥にある、大切な思い出をしまっておく場所。普通なら他人は立ち入れないはずだけれど――まぁ、たたり神と神降人の関係だから、百鬼夜行に飲み込まれたのをきっかけに、広郷はここに来られたのかもしれない。……普通なら、百鬼夜行に飲み込まれた時点で死んでいるぞ?」

僕の左手の治療を続けながら、若宮さんが苦笑した。



「普通はそうですよね、僕も死んだと思いました。百鬼夜行に取り込まれた時には、闇に同化しちゃうのかなって思いましたし」

「あたいもラーミアに飲み込まれて同化させられそうになったから、ここに逃げて来たんだけれどな」

悪戯っぽく若宮さんが笑って言葉を続ける。

「――とはいえ、いつまでもここにはいられない。外に出て、ラーミアを退治するぞ♪」

「あの、勝算はあるんですか?」

「勝算? 何を弱気なことを言っているんだ? 広郷は、あたいの何だ?」

「何と言われても……神降人ですよね?」



僕の言葉に若宮さんが大きく頷く。

「それで合っている。広郷はあたいという、たたり神の器。言葉通り、『神』を『降』ろす『人』。あたいと契れば、その身体に神を宿せる。強くなれる」

何かを考えようとした僕の思考を、若宮さんが言葉で遮る。

「広郷、今は難しいことを考えなくて良い。時間も無い。とりあえず、あたいと契ってしまえば良いんだよ」



傷の治療を終えた若宮さんが、そっと両手を僕の左手から外す。

「若宮さん、『契る』って――僕は、どうすれば良いんですか?」

「よく分からないといった顔をしているな。あたいとキスしろ。それで広郷はもっと強くなれる。詳しいことは、キスしたら教えてやるよ♪」

幼い若宮さんが悪戯っぽく笑う。

そして、そのまま両手を僕に向けて広げると、目を閉じた。



戸惑っていると、若宮さんが片目を開ける。

「ほら、ちゃちゃっとキスしろ? 恥ずかしいだろ?」

「そんな、若宮さんとキスするなんてダメです。若宮さんは僕にとっては、小さいころから可愛がってくれたお姉さんみたいな存在なんですから。そっ、それに――今の姿は反則です」

「そう言うな。こういう姿も広郷は嫌いじゃないくせに。広郷のエロコレクションにロリっ娘コーナーが併設されているのをあたいは知っているぞ?」

片目を開けたまま、嬉しそうに若宮さんが口元を歪めた。思わず顔が熱くなる。



「ちょっ、そういうのは知っていても、見なかったことにして下さいよ。今はそんなこと言っている場合じゃないんです」

「そう、今はふざけている場合じゃない。だから、真剣に言える。あたいは広郷を愛している。本当は、広郷が二〇歳を過ぎてからの予定だったけれど、あたいは広郷と契りを交わしたい。それじゃダメか?」

そう言うと、いきなり若宮さんにキスされた。



全身の細胞が熱を帯びて、一度に分裂したかと錯覚するような妖力を感じた。僕の首に両手を回している若宮さんから、ものすごい妖力が流れ込んでくる。

「広郷に、お願いがあるの♪」

とろりとした甘い瞳を作って僕と正面から視線を合わせた後に、若宮さんがそっと僕の耳に囁いた。「言うことを聞かないなんて言わせない」といった雰囲気を発しているのは、ちびっこなのに、いつもの若宮さんと変わらない。



「広郷、あたいを道具として使って」

「えっ?」

「あはっ、面白い顔しているぞ。広郷は、どんな想像したんだよ?」

「いや、でも、いきなり……いえ。道具ってどういう意味ですか?」



「性的な意味だけど?」

にこっと笑って、余裕ぶった表情で、若宮さんが言葉を続ける。

「――とか冗談を言っている場合じゃないな。簡潔に言うが、あたいを『霊剣』として使って欲しいという意味だ」

若宮さんが僕の右手を取った。そして、ぎゅっと握りしめてくる。



「あたいに霊力補給してみろ。霊剣を具現化する時と同じように。それで全てが理解出来る」

若宮さんに言われた通りに霊力を込める。

すると、若宮さんの姿が陽炎のように歪んで、黒い太刀が僕の手の中に生まれた。

禍々しい漆黒の刀身と、神々しい霊力を霧のようにまとった不思議な太刀。若宮さんの妖力と僕の霊力が融合して、物凄い力を発している。



(これで良い、広郷。あたいを使いこなしてラーミアを倒してくれ♪)

頭の中で、どこか楽しげな声色で若宮さんが、僕に話しかけてくる。

(分かりました、若宮さん)

(うん。とりあえず、ここを出るぞ。空間を切るイメージで、あたいを振り下ろせ)

若宮さんに言われた通り、両手で太刀を構えて振り下ろすと――空間に裂け目が出来た。裂け目の向こうは、薄暗い映画館以上に、真っ暗で黒い渦が巻いている。

(広郷、百鬼夜行の中を通り抜けて外に出るぞ。大丈夫、あたいが憑いているから)



(第20話_決戦の時へ続く)

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