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第11話_若宮さんは手加減しない

第11話_若宮さんは手加減しない



若宮さんとの修行を始めて二日目の夜。

曼珠沙華の花の形をした火の玉が浮かぶ、薄暗い神社の境内。



僕と若宮さんと夜桜様の三人で霊剣の具現化について話をしていると、街のパトロールを終えた松とすすきが、利美先輩と一緒に境内にやってきた。利美先輩を真ん中にして三人仲良く手を繋いでいる。



夜桜様の前にやってくると利美先輩と手を外して、松とすすきが頭を下げる。

「今日は、白髪鬼は現れていないと自警団から報告がありました」「街は安全ですっ!」



ゆっくりと夜桜様が口を開く。

「松、すすき、そして利美さんもありがとう。やっぱり、白髪鬼は再生途中みたいね」

「はい、夜桜様」「夜桜様っ」

松とすすきが、ぎこちない笑みを浮かべて返事をした。利美先輩もぺこりと頭を下げる。



昨日、若宮さんに指摘された後、この夜桜様達は色々と腹を割って話をしたらしいけれど……まだしこりは残っているようだ。とはいえ、夜桜様の態度が少し柔らかくなったのは僕にも分かった。



夜桜様が若宮さんの方を向く。

「若宮さん、白髪鬼は何日くらいで復活してくると思いますか?」

「そうだな、あたいの読みだとあと二日。利美の呪いの期限があと四日だから、どんなに遅くてもそれまでには白髪鬼は完全復活して現れると思う」



利美先輩が小さく手をあげる。

「私達を放置するってことは、考えられないでしょうか?」



利美先輩の言葉に、若宮さんが首を横に振る。

「それは多分ないな。昨日の戦いで、あたい達は白髪鬼の親玉に脅威だと認識された。だから、必ず白髪鬼の親玉はあたい達を殺しにやってくるだろう。でも――」

若宮さんが残念そうな表情で、ゆっくりと言葉を区切った。



「――まだ、うちの切り札の実力が足りないんだ。残り二日間で広郷が霊剣を具現化出来るようになって欲しいんだけど、未だ、ぴくりともしないからなぁ?」

目を細めて若宮さんが僕の方を見る。若干、責めるような視線が込められていた。



「すみません若宮さん。誘導棒に妖力を込めることは出来るようになったのですが、なかなか霊剣の具現化が出来なくて……」



若宮さんが首を振る。

「いや、今はまだ良い。だが、今日からは特別な形で修行を始めようと思う」

「特別な修行ですか?」「何それ? 松達にも教えてよ?」

僕と松の言葉に、若宮さんが頷く。



「今日からは皆に実戦形式で戦ってもらいたいんだ。夜桜さんに霊力供給されてパワーアップした松やすすきを相手にして本気になれば、広郷の霊剣が具現化出来るんじゃないかとあたいは思うんだが」



若宮さんの言葉に、利美先輩の隣に立っていた松とすすきが耳をぴこんと立てる。

「松は良いよ? 広郷をボコボコにして良いんだよね?」

「松ちゃん、そんなこと言っちゃダメ。でも、それがにぃにぃのためになるなら、すすきも頑張る♪」

妙にやる気に満ち溢れている二匹。

新しいおもちゃを見つけた子どものように、きらきらと瞳が輝いている。……。その「新しいおもちゃ」は僕だけれど。



ふと、気になったことを口にする。

「あのっ、若宮さん。僕の誘導棒は霊剣になっていないとはいえ、妖力を込めてあります。まだ手加減が上手く出来ないので、松やすすきに怪我をさせてしまう可能性が――」

「広郷、心配するな。それは大丈夫だ」



若宮さんが僕の近くにやってくると、嬉しそうな表情を浮かべる。

「どれだけ怪我しても、夜桜さんが治してくれるそうだ。夜桜さんは治療が得意だそうだから、腕の一本や二本吹き飛んでもすぐに治る。――気にせず戦いな♪ 松もすすきも分かったな?」

「うん、分かった」「分かりましたっ!」

松とすすきが手を上げて返事をした。若宮さんが二匹の頭に、ぽんっと手を置く。



「それじゃ、修行を始めるぞ。あっ、そうだ。利美は式神でこの三人を妨害してくれないか? 第三者の敵が現れたことを想定して、三人が対処できるように訓練しておきたいんだ」



若宮さんの言葉に、利美先輩が頷く。

「分かりました。横から、隙を見て攻撃したら良いんですね?」

「そう、手加減はしたらいけないよ? ――それじゃ、修行を始めようか。妖力補給三六〇秒」

若宮さんから妖力が流れ込んでくる。視界が暗転し、全身に力がみなぎった。



誘導棒を握り締めて妖力を込めるイメージを作る。若宮さんにつながって、妖力が供給されてくるイメージが出来上がった。誘導棒が一瞬だけ、緑色に輝く霧をまとう。



それとほぼ同時に、夜桜様の祝詞が結界内に響き渡る。夜桜様による、松とすすきへの霊力補給だった。



どよんとした雰囲気が松とすすきから発せられる。昨日の今日では、まだ完全な和解は無理だったらしい。とはいえ、僕にも分かるくらい松とすすきの霊力は上がっていた。

「二人とも、体調悪そうだけれど、行くよ?」

「広郷、こいっ!」「にぃにぃ、来て良いよ」



地面を蹴って松とすすきに近付く。

松が左手の鉤爪を槍のようにまっすぐにそろえて、僕に突進してきた。誘導棒で左に払いつつ、身体をひねってそれをかわす。――その瞬間、松の後ろからすすきが飛び出して来て僕の胸を切り裂いた。

連携した攻撃。でも傷は浅い。手加減をしてくれているのだろうか?



夜桜様が僕の近くに歩み寄って回復の祝詞をあげてくれる。



それを若宮さんが途中で遮った。

「まだ致命傷じゃない。命にかかわる場合だけ、手助けして欲しい」



一瞬、戸惑うような夜桜様の顔。でも、すぐに頷いた。

「分かりました、そうします」

夜桜様は頷くと、僕から距離を取った。



若宮さんが後ろを振り向く。

「利美、式神投げるチャンスだよ。松とすすきは油断しているし、広郷は誘導棒の妖力すら維持できていない。やっちゃえ♪」

「あ、はいっ。蝶々五〇匹、旋回しながら対象を襲えっ!」



利美先輩の手から生み出された白い蝶々がランダムな軌道を描いて僕に迫る。誘導棒に霊力を込めて、近づいてくる蝶々から順番に斬り落していく。

「魚二〇匹、直進しろっ!」

利美先輩の声が結界に響いた。

新たな式神が発動される気配を感じる。蝶々の合間を縫って、銃弾のように魚型の式神が僕の身体を突き抜けて行った。



ほどばしる鮮血。暗転する僕の視界。少し遅れて聞こえる、利美先輩の悲鳴。

近づいてくる若宮さん。そのまま若宮さんに頭を踏みつけられた。



「広郷、お前は馬鹿かっ!? 妖力のほとんどを『霊剣もどき』に使用していただろう? 胴体の防御力が致命的に下がっていたのに気付かなかったのか!?」

遠のく意識の中、若宮さんが本気で怒っているのが分かった。そして、僕のことを心配してくれていることも。



「訓練で良かったな、広郷。これからは気をつけろよ? それじゃ夜桜さん、治療をお願いします」

「広郷さん、すぐ直すから、大丈夫よ?」

夜桜様が短い祝詞をあげると、出血と胸の痛みが治まった。



黒く染まっていた視界が光を取り戻す。口の中が鉄くさい。

「ありがとう、ございます」

口からこぼれた血を拭う。

「どういたしまして。頑張ってね?」

少し自慢げな表情で夜桜様が離れた後、霊気を感じて後ろを見ると、松とすすきが不安そうな顔で立っていた。



大丈夫だよ、という意味を込めて僕が頷くと――にこっと口元を歪めて、松が左手の鉤爪を槍のようにまっすぐにそろえる。そして、そのまま僕に突進してきた。



さっきは松達のことを甘く見て、身体の動きを止めていたから失敗した。でも、今度こそは。

松の左手突きを右にかわして、姿勢を前傾に低くした松の肩に手をついて勢いを殺す。



飛び出してきたすすきを誘導棒で受け止め……きれないっ。すすきの長く伸びた鉤爪に誘導棒が絡めとられていた。

すすきが空いた手の鉤爪を真っ直ぐ突き出す。さっきと同じ二連撃。それなのに、対処することが出来なかった。



五〇センチは有りそうな鉤爪が僕の胸の前で止まった。

冷や汗が噴き出す。



「こら、すすき、止めるんじゃない! 回復役がいるんだから、本気でやらないと意味無いだろ!?」

若宮さんが少し怒ったような声で言った。

「でっ、でもっ。にぃにぃが、また大怪我しちゃいます!」

「ここで大怪我するのと、本番で広郷が死ぬのとどっちが良い? 夜桜さんがいるんだから、怪我ごときで死ぬことは無いんだぞ?」



若宮さんがじろりと僕を睨みつける。

「――それにしても、広郷、ちょっと手際が悪いんじゃないか? 武器を持ったからといって、基本的な身体の動きは素手の時と変わらないはずだぞ? そこをよく考えな。あと、利美。いつまで泣いている? 式神での攻撃は遠慮するな。どんどん式神を投入して広郷たちを苦しめさせろ」



利美先輩の方を見ると、小さくうずくまっていた。

思わず駆け寄る。

「利美先輩、大丈夫ですか?」



「広郷君ごめん。うぐっ……私のせいで……大怪我させて……ごめん……」

ぽろぽろと大粒の涙を零す利美先輩。今まで気が付かなかったけれど、利美先輩の上着の袖が涙でぐっしょり濡れていた。



「僕は大丈夫ですよ。利美先輩、気にしないで下さい」

「うぐっ、えぐっ、うええぇっ……」

「利美先輩、少し休みましょうか?」



「広郷~、勝手なこと言うな。利美にも強くなってもらわないと困るんだぞ~?」

若宮さんがたしなめるように言葉を口にした。

「うぇっ……えぐっ……」

「利美もいつまでも泣いていない。修行にならないじゃないか」



「えぐっ……はいっ……。分かりました……っ!」

何度も何度も利美先輩が深呼吸をした。

そして僕の腕をゆっくり振り払いながら距離を取り、口を開く。



「……呪いを掛けられた私だけが、のうのうと部外者でいられるわけがありません。広郷君が血まみれになってまで頑張っているのだから……だから……私、がんばります」

意を決した表情で、利美先輩が真っすぐ若宮さんを見つめる。



若宮さんが満足げな表情で頷いた。

「うん。良い心がけだよ。――ということで広郷、松、すすき、続きを始めな♪」



背後に視線を感じて振り返ると、心配そうな表情で松とすすきが立っていた。でも、僕と目線がぶつかると、小さく頷いて、僕に向かって走り出してくる。



松が先頭になり上段から鉤爪を振り下ろす。

それを右手の誘導棒で払い落し、左手の拳で松に妖力を叩き込む。と、空中で松が身体をひねりながら後ろ向きに跳んで逃げる。松の下を前傾姿勢で通り抜けたすすきが、右手の鉤爪を僕に叩きこむ。やっぱりこの二人は連携した攻撃が得意らしい。でも甘い。



右手の誘導棒で弾き飛ばし、その勢いですすきに誘導棒で斬りつける。

反射的に力を抜いてしまった。すすきと松が後ろに跳ぶ。



「広郷っ! 手加減なんかしなくていい。本気で勝負しないと、松やすすきも成長出来ないんだ。回復役はいるんだから、しっかりと攻撃しろっ!」

若宮さんの激が飛ぶと同時に、距離を取っていた松とすすきが再び駆け出してくる。



松が僕に向かって――って、攻撃がワンパターン過ぎる。

初見の相手なら連撃が通用するのかもしれないけれど、こうも何度も同じことをされてしまうと、僕の方にも意地がある。



松に誘導棒を振り下ろす。

松が鉤爪でそれを絡め取り、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

松の後ろからすすきが飛び出して来るよりも早く、握っていた誘導棒を手放して、妖力を込めた掌を松の鳩尾に叩きこむ。



松の身体に巻き込まれるように、すすきも一緒に吹き飛んで軽い悲鳴をあげた。――瞬間、僕の周りに魚の群れが発生した。ぐるぐると回っていた魚は、ぴたりと止まると僕の方を向く。



嫌な予感がした。

一斉に魚の式神が僕に降り注いでくる。誘導棒を手放した僕に残されたのは、妖力補給一〇〇秒程度の妖力だけ。それの半分を防御に回して、残り半分を拳に集める。

上段突、右回し蹴り、下段突、中段突、上段突、右回し蹴りからの後ろ回し蹴り。



「広郷、今の式神をいなすなんて、なかなかやるじゃないか♪」

ぞわりっと背筋が凍った。

「あたいも混ぜろよ♪ たまには稽古をつけてやる」

黒い霧のような妖気をまとった若宮さんが、一歩ずつ僕に近付いて来る。



「松もすすきも、今度は広郷と協力してあたいの攻撃に耐えてみろ。利美は、あたいに式神は効かないから見学していろ。絶対――何があっても――あたいの邪魔をするなよ?」

意味深な言葉と同時に、若宮さんの身体が陽炎のように揺らめいた。



 ◇



五度目の気絶。

なかなか霊剣を具現化出来ない僕に痺れを切らした若宮さんが、「死にそうになったら霊剣を具現化できるかも♪」とか言って容赦無い攻撃を仕掛けてくる。



髪の毛が短くなって妖力が減少した若宮さんが、本来の実力を出せていないことくらい分かっているのに、とても勝てそうな雰囲気ではなかった。スピード、パワー、スタミナ、すべてが圧倒的に負けている。



歪んだ視界の中、遠くに利美先輩が泣いている声が聞こえた。

「もう、止めておくか?」

若宮さんの言葉で意識がはっきりとしてきた。上半身を持ち上げるのがやっとだ。

「いえ、まだです。夜桜様、回復をお願いします」



「……そう。それじゃ、回復させるわよ?」

夜桜様の顔は、血の気が引いていて表情が固い。

僕を回復させると若宮さんの容赦無い攻撃が再開されることが分かっているから、回復を躊躇しているのが何となく伝わってきた。



「広郷、そろそろ誘導棒を霊剣に進化させないと死ぬぞ?」

嬉しそうに、ふふっと笑って、黒い霧を身にまとった若宮さんが構えをとる。



次の瞬間、若宮さんに頭を鷲掴みにされて結界の壁にぶち当てられていた。

とても対処しきれないスピード。

松とすすきが背後から若宮さんに跳びかかる。若宮さんの闇の中から生まれた翼のような大鎌が二匹を襲う。霊力で強化された鉤爪が折れる金属的な音を響かせて、松とすすきが勢いよく後ろに吹き飛ばされた。



「それじゃ、六回目の気絶、行っておくかっ♪」

鬼の本性をあらわにした若宮さんが、恍惚とした表情で笑う。

僕の右手の誘導棒は、緑色の霧を纏うだけで、点滅するプラスチックの棒のまま変化しない。そして――意識が飛んだ。



(第12話__電話で誘われてへ続く)

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