Episode09 花の色は映りにけりな
ふと、アトリエの中を見回した私は、奥の方に一枚の絵が置いてあるのに気がついた。
「あれは、グリンヒルさんが描かれたんですか?」
指差して尋ねると、グリンヒルさんが答えた。
「Yeah,that's mine! I painted an year ago!」
「日本語でお願いします……」
「僕ノデス。一年前、日本二来タ時二描キマシタ」
へぇ……。
どうやら油絵みたいだ。いや、でも真っ平らな板の上に描いてある。油絵だったら多少の凸凹があるはずなのに。どういうこと?
「あれは確か、コンピューターで描いたんだね?」
川崎さんが言うと、グリンヒルさんは肯定した。
「ハイ。ぱそこんノいらすとれーたーヲ使ッタンデス。ソレッポクナッテイルデショウ?」
そんなことが出来るんだ……。
「彼は前衛芸術家だそうでね、変わったことにチャレンジするのが好きなんだそうだよ」
「先生ノ陶芸モ、バッチリあれんじシテ見セマスヨ! Yes,I can!」
グリンヒルさんはびしっとポーズを決めてみせた。何だか難しいけど、すごいんだなぁ。
ああ、ここにも私とは違う世界を生きる人がいる。そんな感想を抱いたのは、今日一日で何度目だろう。
私は絵に一歩、近寄った。夕陽に照らされて光る、何かの草花。これは……山茶花かな?
「キレイデスカ?」
「はい。なんかこう……、儚い色ですね」
オレンジともピンクともつかない花びらの色をそう例えると、グリンヒルさんはにんまりとした。あ、適切な表現だったみたいだ。
「さざんかハ美シイ花デス。僕ガ最初二見カケタ時、コノ花ハ花壇ノ隅ノ方デ輝イテイマシタ。ソノママ二表現シタカッタノデスガ、僕ハコレデモ描キ切レタ気ガシマセンヨ」
そうなのかなぁ……。私はすごく感じるんだけどな、この絵のサザンカの気持ち。
他の木や草の影になっても、ちゃんとがんばって花を咲かしてる。冬に花を咲かせる草木はそこまで多くはないから、逆に目立つんだろうな。太陽もちゃんとそれを分かってて、光を当ててあげているみたい。私には、そんな絵に見えるよ。
「僕は満足しているけどね。何と言うべきかな、日本的な美をこの絵には感じる。陰影というものの効果を大切にする観点から見れば、この花びらの感じなんかリアルでいいと思うけどね」
着眼点は違ったけど、川崎さんも私と同意見だった。
「ソウデスカ? 先生ガコレヲ選バレタ時、僕ビックリシマシタヨ」
「良いじゃないか。この夕陽の感じも、彼女の言うように花の姿にどこか儚さを添えてくれていて、なお素晴らしい。──ああ、まだ日が出ているんだね」
私は後ろを振り返った。
本当だ。まだ、太陽が出てるんだ。道にオレンジ色の線が、細々と伸びている。
ああ、あの光に照らされて、このサザンカは成長したんだろうなぁ。
「サザンカの花言葉を知っているかい?」
川崎さんが尋ねる。首を振ると、返事はすぐさま返ってきた。
「色別にもあるんだが、一番に有名なのは『ひたむきさ』『困難に打ち勝つ』さ。あの花は日が細くても雨が降らなくても、そんな冬の悪条件なんか跳ね返して花を咲かせる。まさしくこの花言葉は、サザンカにぴったりだと思うよ」
ひたむきさ。
ひたむきな努力かぁ。
やっぱり大切なのかな、そういう姿勢。
ついさっきどこかでも聞いた言葉のような気がするのは気のせいかな、気のせいじゃないよね。