Episode08 二重の再会
「(おや)」
ガラス戸の向こうの懐かしい顔が、口をぱくぱくさせた。
しまった、私バレた!?
「(そんなところにいないで入っておいで)」
たぶん、そう言っている。今度は間違いなく私の方を向いていた。
私は誘われるままに、怖ず怖ずと足を踏み出した。自動ドアが勝手に開いて、向こうの夕陽が軒先に遮られる。
中にいたのはやっぱり、川崎さんとあの外人さんだった。
「どうして、君がここに?」
既に見つかっていたとは言え、川崎さんも意外だったみたいだ。尋ねられた私は、答える。
「私、この辺りの塾に通い始めたんです。川崎さんこそ、どうして……」
「お陰さまで早々と退院できたのさ」
川崎さんは笑った。ああ、よかった。あの日のような脆い笑顔じゃ、ない。
「君にも心配をかけたね、すまなかった。僕のあげたバールは活躍しているかい?」
「あ、実はあれから自転車通学じゃなくなってしまったので、まだそんなに使ってないんです」
本当のことを言うのはちょっぴり抵抗があったけど、私は正直に言った。自転車通学をやめた後も何回か使う場面があったから、ゼロって訳じゃないの。だから許してください川崎さん。
私の心配なんて露知らず、川崎さんの優しい表情は変わらない。
「そうか。しかしとりあえず、あの場はどうにかなっただろう?それだけで、君に渡した意味があったというものだ」
「はい!」
私は大きく頷いた。それはもう!
あらためて。
このおじいさん、川崎武則さんは、日本屈指の技術を持つ陶芸家だ。人間国宝でもある。ちなみに私はツーショットを撮ってもらったことがある。欲しがる人、いるのかな。
そしてこの外人さんは、
「アルフレッド=グリンヒルくんだ」
川崎さんが紹介してくれた。外人さん、お辞儀をすると私に話しかけてくる。
「先程ハ道案内シテクダサリ、アリガトウゴザイマシタ」
英語じゃない!?
私は耳も目も疑いたくなった。うそ、日本語話せるの!? だったらさっきも使ってよ!
「君が道案内したのかい」
驚いたような顔をする川崎さんに、頷く。川崎さんの目はすぐに、感心したように細くなった。
「英語で聞かれてきちんと道案内できるとは、君は素晴らしいね。さすが学生だ」
いやー、お恥ずかしながら私、英語で受け答えした訳じゃないんですが……。なんて裏事情は隠しておこう。恥ずかしいから。
「僕は残念ながら、さして英語が話せなくてね。無理して彼に覚えてもらったのさ。たった三ヶ月足らずで、こんなにペラペラさ。グリンヒルくんはすごい」
「──あの、そもそもグリンヒルさんとはいったいどういう関係なんですか?」
一番気になる質問をすると、川崎さんは今度ははち切れそうな表情になった。
「嬉しいことに、弟子入りしたいと言ってくれてね! 今日ここで僕の個展をやると言ったら、会おうということになったんだよ!」
へえ、弟子入り!
私がグリンヒルさんに目をやると、彼も大興奮で語り出す。
「ねっとデ作品ヲ見サセテイタダイテ、感激シマシタ。コレガ和ノ伝統、素朴ノ文化ノ作リ出シタ傑作ナノダト……!」
よく分からないけど感激してることだけは伝わった。てか、日本語饒舌だなぁ。再三言うけど最初から使ってよー……。
「最後の最後で運が強かったよ。河原で倒れたあの時、まさか個展が開けるまでに回復するとか、弟子ができるとか、想像することも叶わなかった」
川崎さんはそう言うと、お盆を取ってきた。紙コップが載ってる。いるかい、と聞かれたので頷くと、中身はあったかい緑茶だった。ありがたく、いただく。
そっか。
回復したんだ、川崎さん。
緑茶を飲みながら、それ以上の温もりを私はひしひしと感じていた。良かったなぁ……。蒲田くんやカメラマンの六郷さん、それに大森さんが、あの時がんばった結果だよね。
蒲田くんにも後で、報告してあげなくちゃ。