Episode05 陽だまりの人生相談①
一頻り騒いだあとで、ケーキをひょいとつまんで口に放り込んだ二人。私は恐る恐る、後ろから声をかけた。
「……あの」
背の高い方のお姉さんが振り向いた。あっ、口元にケーキの欠片が……。
「ん? ──ああ、あたしのことは恵理でいいよ。小山恵理」
「私は荏原由美って言うのー」
「じゃあその……小山さんと荏原さんは、どうやって受験勉強を乗り切ったんですか?」
小山さんたちは目を丸くした。
「受験って、大学ってこと?」
「はい。私も今、受験生なんですけど」
カバンを身体の後ろで持つと、私は下を向いた。ちょっと黄色がかったアスファルトを見つめていたら、言いたいことが整理できてきた。
「私、毎日毎日塾に通うか家で勉強しなきゃいけないんです。ぎっしり詰まってるっていう訳じゃないんですけど、つまらないんです。ただ勉強してるだけで、楽しいことも何も起こらないなぁって」
二人──いや、雪ヶ谷さんも含めた三人は、じっと黙って私の話を聞いてくれている。私はそこで、顔を上げた。
「生活してるっていう感じが欲しいんです。機械みたいに家と学校と塾を往復する合間にも、何か楽しみがあれば頑張れるような気がして。小山さんたちは、そんな風には思いませんでしたか?」
小山さんが答えるよりも早く、荏原さんが口を突っ込んだ。
「難しいこと考えてるねー! 私、そんなこと悩んだこともなかったよ」
全くの真顔だった。え、そういうものなの……?
と、呆れ顔で小山さんが荏原さんを押し退ける。
「ああ、この子の意見は参考にしない方がいいよ。何も考えてないから、この子」
「ひどい!」
「実際そうじゃんかー。由美、やるって決めたら他は考えないタイプでしょ?」
「それは誉め言葉?」
小山さんは今度は無視した。腰に手を当てて、私をじっと見据える。
「うーん。アレでしょ、君って意外と考え込んじゃったりする質でしょ? ふとした瞬間に、ああ、これはこうなのかなって原理とか振り返ったりしない?」
私は色々と記憶を掘り起こしてみる。
原理か……。『プラスマイナスゼロの法則』は、原理に入るのかな。私、何だかんだでいつも損得計算してるような気がするし。
「ぶっちゃけさ、大学受験と高校受験じゃ事情が違いすぎて、何の参考にもならないかもしれないけど」
私の曖昧な頷きに小山さんはそう言って、一息接いだ。
「受験の時ってどうしても、勉強一辺倒になっちゃうのよ。休憩って言ってダラダラしてると、なんか自分に対しても申し訳ないような気になるのよね。でも、人間って集中力は永遠には続かないし、何にせよやっぱ休憩は要ると思うよ。あるいは勉強の中にも楽しみを見つけるとか。あたし漢字の勉強は好きだからがんばろー! みたいな」
なるほど……。
「楽しいことしていれば、休憩になりますか?」
「んー、そうでもないんじゃないかな。楽しいことって言うより落ち着けること、力を抜けることだと思うのよ。それで心が休まるなら、なおさらいいよね」
「今はどうなの?」
荏原さんが小山さんに続く。
うーん、それが分からないんだよね……。でも少なくとも、気分の入れ換えにはなっているような感じがする。
知らない街を歩くのはちょっと怖いけど、その代わりに待っている新しい発見に、私はわくわくさせられる。その感覚が、実は楽しかった。
「私は──」
「俺は──」
あれ、言葉被った?
目を上げたら、机に片手をついて私を見ている雪ヶ谷さんと目が合った。あ、何か言いかけてたんだ。
「……すまん」
「あ、いえ先にどうぞ!」
慌てて先を譲る。雪ヶ谷さんはふぅと肩の力を抜くと、私から目を外した。
私の方は向いているんだけど、どこかずっと遠くを見ようとしているみたいだった。