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Episode04 エリートに囲まれて


 ぱしっ。

 頬を軽く叩くと、少し張りつめた音が響いた。


 確かに、そうかもしれない。

 もう塾に通い始めてから半年以上が過ぎたけど、今日になるまでこの町は私にとって、ただ塾に寄るための通過地点でしかなかった。居場所どころか、どこに何があるのかも私は全く知らないんだ。見覚えがあるのは線路を駆けて行くあの東急線と、それにあの煌めく太陽だけ。

 友達がいないと、私は独りぼっちだもんなぁ……。



「そう気を落とさないでくれよ」

 黙って伸びる影を見つめていた私に、雪ヶ谷さんは笑いかけた。オレンジ色に照らされたその顔は意外に凹凸で、何だかこれまですっごく苦労してきた人のように見えた。ううん、もしかしたらそうなのかもしれないなぁ。

 雪ヶ谷さんの笑顔は眩しい。

「ま、暇になったらうちに来てくれ。俺も話し相手がいないと暇でさ、こうしてナン──客引きしかすることがないんだ」

──今、何て言いかけた?

「そんなにお菓子ばらまいちゃって、いいんですか?」

 突っ込みを飲み込んだ反動で、ずっと溜め込んでた疑問が飛び出した。きょとんとしたように雪ヶ谷さんは目をしばたかせて、ふっと口を歪める。

「ああ、大丈夫だよ。うちは商品を都心のデパートにも出していてね、そっちが飛ぶように売れるから」

 さらっと凄いこと言った、この人!

「だからこうして、まったりする時間も確保できるわけだ。夜になったら仕込みがあるから厨房に戻らなければいけないんだがな」

 そこまで言うと、雪ヶ谷さんはまた一つチョコレートケーキを口に投げ入れた。 ホッとしたような気持ちで、私も欠片を楊枝にすっと刺し込む。


 ああ。

 夕陽が、きれい。

 こんなにゆっくりとあの光を拝むのは、いつ以来だろう……。






「雪ヶ谷さ──ん!!」


 大きな声に、私の意識は瞬時に太陽から逸れた。

 聞き覚えないなぁ、とか何とか考えてる時間は与えられなかった。いきなり背中をどんと押されて、地面が迫ってくる!

「痛っ!」

 つまり、転んだ。

 アスファルトにぶつけた膝と手が、じんじん痛い。誰よ、ぶつかってきたの……。

「ちょっと、何してんのよユミー」

 呆れ声とともに、立ち上がって砂を払う私の顔を誰かが覗き込んできた。

 さっき私に突っ込んできたその人は、大学生くらいのお姉さんだ。

「ごっ、ごめんね! 痛くない?ケガとかしてない?」

「あ……はい」

 いや、痛めてるよ。がっつりケガしてるよ。血まで出てる気がするよ。

 それでも、私は首を振った。お姉さん、ものすごくおろおろしてるんだもん。

「ったく、君たちはいつになったらもっと大人しく来てくれるようになるんだ?」

 苦笑混じりの雪ヶ谷さんの声がする。「二年間で何回人とぶつかってるんだ」

「失礼ねー、ぶつかってんのは毎回ユミだもん。あたしじゃないよ」

 背の高いもう一人のお姉さんが、口を尖らせている。ユミさん、もう一度私を見る。

「……ホントに、大丈夫?」

「はい!」

 笑ってみせると、やっとユミさんも笑ってくれた。



 二人のお姉さんたちは、同じ大学に通う大学二年生なんだそうだ。

 通ってるのが二駅先の大岡山にある首都工業大学だと聞いた時、思わず私は耳を疑った。それ、日本の理系分野ではトップを行く超エリート校じゃん!

「エリートでもないよ」

 そう言って、背の高いお姉さんは笑う。「あたしたちは底辺、テ・イ・ヘ・ン。こんな時間に外を彷徨いてる建築学科の人間なんていないわよ」

「そうなんですか?」

「だって教授の授業、つまんないんだもんー」

……大学のことはまだよく知らないけど、その感想が塾の先生に対する私たちのそれと同レベルだってことだけはよく分かりました。そんなもん、なのかな。

「ここ二年間、毎日のように通い詰めては駄弁ってるのさ、彼女たちは」

 雪ヶ谷さんの苦笑いが、沈む夕陽に映えている。すぐさま隣から声が飛んできた。

「駄弁ってるって何よー! せっかく暇そうにしてる雪ヶ谷さんの相手しに、こうしてわざわざ来てあげてんのに!」

「そうだよ! そうだよ!」

「あー、分かった分かった……。しかし君ら、いっつも俺が口を挟む余裕をくれないじゃないか」

「だって反応遅いし間抜けなことしか言わないしー」

「おい!」


……その言葉とは裏腹に、雪ヶ谷さんはずいぶん楽しそうに見えた。

 二人のお姉さんも一緒だ。本心からあんなことを言ってるわけない、ただからかってるだけなんだ。



 ふいに私は、まるで自分だけが浮いているような感覚に覆われた。

 爪楊枝の重さが、急に増したような気がした。

 つまりその……、輪の中に入れてないなって、思ったんだ。




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