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Episode03 お金がないなら試食すればいいじゃない!


「おーい、そこの元気なさそうなお嬢ちゃん! これ買っていかないか?」

 斜め前からかかったその声に、私はぴくっと反応した。今の、私を呼んでた?

 声の主は、数メートル先で手招きをしてるパティシエ姿のおじさんだった。お店の外で何か売ってるのかな。言われるがままに寄って行った途端、その正体が分かった。小さく切ったチョコレートケーキだ。

 うわぁ……美味しそう……。

「どうだ? 試食していかないかね?」

 私はパティシエさんを見上げる。「いいんですか?」

「よくなかったら誘わないだろう?」

「私、買えるほどお金持ってないんです」

 煌々と夕陽に照らされたパティシエさんの顔が、一瞬曇ったように──見えたのは、気のせいだった。

「……よかろう!」

 パティシエさんは言ったんだ。「いくらでも食べるといい、これを!」

 ええっ!?

「これじゃ他のお客さんの分は足りないからな……もう一つ開けるか」

「そっ、そんなに親切にしてくださらなくて結構ですっ!」

 あっぶな! 今この人、商品を一つ試食のお皿に出そうとしたよ! 私が止めてなかったら、一日の売上が千五百円吹っ飛んでるとこだったよ!

「なんだ、残念だな」

 本当に残念そうな声と顔でそう言うと、パティシエさんはお皿をすっと前に進めてくる。楊枝を取ると、私は一欠片を刺して口に運んでみた。


 ほどよい苦さと甘さ、それに蕩けるようなこの柔らかさと香り……。

 なにこれ、最高!ほんとに文字通りほっぺた落ちそう……!


「どうだね」

「美味しいです!すっごく!」

思わず大興奮で答えると、パティシエさんは満面笑顔になった。ああ、超嬉しそう。

「──どうだい。ついでに、ちょっと話さないかね。さっきから暇で暇でしょうがないんだ」

そう言われた時、私の頭に断るの選択肢はもちろん片鱗も残ってなかった。






 洋菓子屋さん『スノウバレイ』のご主人、──つまりこのパティシエさんは、雪ヶ谷(ゆきがや)さんって言う名前らしい。

「俺は、こうやって誰かとお菓子を食べながら話し込むのが好きでね」

 言いながら、自分で焼いたばっかりのはずのチョコレートケーキをぽいぽい口に放り込む。いいのかなぁ……。

「毎日、こうやって試食しながら話されてるんですか?」

 楊枝を持ったまま尋ねると、雪ヶ谷さんは笑って答える。「そうだよ、毎日ね。おかげでここいらのお店の中でもそこそこ知名度が上がってきた所だ」

 そういう戦略だったんだ。そうだよね、でなきゃこんな寒風吹きさらしの中に、試食のお皿を置いたりしないもん。固くなって美味しくなくなっちゃうよ。

「君はこの辺りに住んでいるのか?」

「いえ、等々力です。世田谷の」

「そうか、じゃあ二子玉川の方か」

 俺も昔住もうと思ったことがあったな、と雪ヶ谷さんは笑った。二子玉川(にこたま)、便利だもんね。大きなスーパーもデパートもあるし、交通の便もいいし。

 西陽に照りつけられた背中がそろそろ熱くなってきて、立ち位置を変えてみる。チカッと光ったスマホの画面が、着信あるよと私に教えてくれていた。あれ、誰だろう。

 ちらっと雪ヶ谷さんを覗き見ると、鼻唄を唄いながら夕陽を眺めてる。目が逸れてる隙にと、私はメールを確認した。

 蒲田(かまた)くんからだった。


[塾終わったぜー!

まじでだるい、、、特に先生のなっがい話が。

添付写真、塾の外で友達と撮ったやつなー(笑)]


「何してんのよ……」

 腕を組んで笑ってる、蒲田くんと誰か。後ろのビルの隙間から、西陽が木漏れ日みたいに差し込んでる。

 何となく間の抜けたその写真に、思わず私は苦笑いした。むしろ、苦笑い以外にどんな反応を示せばいいのか分からないよ。

 私と同じ日に塾に通い始めた蒲田くんは、相変わらず今でも子供っぽい。時々、調子のいいメールを送ってくる。告白はされたけど、何だか変わらないなぁ。私たちの関係って。


「彼氏さん?」

 肩越しの声に私は一瞬宙に浮いた。うん、文字通り浮いた。

「ってなに見てるんですかー!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶと、雪ヶ谷さんはあははっと笑う。「ごめんごめん、見えちゃったんだよ。それに君、何だかニヤニヤしてたし」

「!?」

 うそ!?

 私はスマホの画面を覗き込んだ。薄く反射する私の顔が、たった今繕ったかのような当惑の表情で塗り固められてる。

 私、ニヤけてたの!? 蒲田くんの写真見ながら!?

 ショック……。

「どことなく寂しそうにしてたけど、君もちゃんと青春してるんだねぇ」

「私、そんな風に見えました?」

「ちょっと、だけどな。居場所がなさそうな顔をしてたように見えたんだ」

「……そう、ですか」




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