Episode02 迷子の迷子の藤井芙美
ここ自由が丘は、東急電鉄の二路線が十字にクロスする場所に形成された、目黒区を代表する繁華街だ。
東急東横線は高架、大井町線は地上を走ってる。つまり、駅のちょうど正反対に行くという事になれば、線路を二回も渡らなきゃいけないんだ。
外人さんが、後ろをドスドス歩いてる。
って言うか、めっちゃくちゃ身長高い。歩く音が重たいって、どういうことよ……。
時々地図とにらめっこしながら、私は必死にアトリエを探した。夕暮れの自由が丘の街はお買い物をしてる人や帰宅途中の人で溢れていて、自分までも見失いそうになる。たまにビルのすき間から光が差して、地図が眩しくて見えなくなった。
アトリエ甘楽堂、アトリエ甘楽堂……。
どこだろう。踏切も通過したし、もうけっこう南まで下ってきた気がするんだけど。後ろをちらりと覗くと、駅を出発する東急線の電車が見えた。ほんとは私、今ごろあれに乗ってたんだろうなぁ。
と、油断していた私の耳元に甲高い声が響く。
「Where!? Where are we now!?」
わっ、外人さん激おこだ! 何言ってるのかまるで分かんないけど、きっと激おこだ!
「あの……その……」
そしてそのたびに声も何もかも萎縮する私……。
きっと端から見たら滑稽な光景なんだろうなぁ。肩から提げたカバンが重たいよ……。
──そっか。
私が変化を望んだから、こうなったんだ。
きっとそうだよ。これまで私はいつだって、塾が終わればまっすぐ駅まで直行して電車に飛び乗ってたもん。普段ならこんなの、あり得ないもん。
だけど! だからってこれは酷くない!? なんで英語の苦手な私が外人さんに引き留められなきゃならないの!?
一通り愚痴ってる間にも、東へ進路を変えた私たちはどんどん知らない景色へ突っ込んでいく……。
「Hey!」
突然、外人さんが叫んだ。かと思うと、私の腕から地図を引ったくる!
「ちょっと、何するんですかっ」
「I found!! Thank you,pretty girl!!」
えっ……何て言ってるの……?
ぽかんとしてる私を放って、地図をむんずと握りしめた外人さんはダッシュしてしまった。その姿はあっという間に人波に飲まれて、見えなくなってしまった。
私、
置いてかれた。
ここ、知らない街なのに……。
スマホの画面をつけると、今は午後四時五分。
塾を出てからまだ大した時間は経っていないけど、冬至の近くなった東京に、明るい時間はもうあんまり残されていない。
まぁいいや。日没は五時くらいだろうし、あの日が落ちる前に駅にたどり着けさえすればいいもん。最悪それが無理でも、街路灯や建物の灯りが私を導いてくれる……はず。
輝く西陽に向かってふうっと息を吹き出すと、ちょっとだけ背中が軽くなったような気がした。そうだよ、私。いつもいつも急いで帰ろうとするばっかりだし、どうせ道に迷ったのなら、せっかくだから自由が丘の街を色々見ながら駅まで戻っても罰は当たらないよ。
久しぶりに、あの法則が働くかもしれないよ。
こうして私は、無理矢理『非日常』の日常へと連れ込まれたのでした。
すごい。
こうしてみると、この町ってすっごく女の人が多い。
なんでだろうと思ったけど、すぐに分かった。この辺って、ケーキとかスイーツのお店がたくさん出店してるんだ。
道路に面したカフェの中で、美味しそうなロールケーキを頬張ってる人たちを何度も目にした。ああ、いいなぁ。私、あんなの買うお金ないよ……。いつぞやのスマホの画面割れと引き換えでもいいから、その辺に五千円札とか落ちてないかなぁ。
……なんてね。無理だよね、そんなの。
夏に比べてずっと弱くなった太陽の熱気に前を温められながら、私は少しため息を吐いた。口の中にたまった唾が酸っぱい。
しかし、
またも唐突に、運命の神様は私に微笑んだんだ。