Episode01 異常な日常、再びの始まり。
あなたの日々に、出会いはありますか。
これは、ある日の夕方の、ちょっとした奇蹟の物語。
※本作は「EveningSunlight」及び「EveningSunlight2」続編です。
先にこれらの作品を読んでいただけると、幸いです。
「ふぁあ」
思いっきり大あくびをすると、私は伸びをした。
「芙美、超眠そうだったよねー。寝不足?」
「違うよ。授業が退屈で退屈で」
たははっ、と隣で友達が苦笑する。「だよねー。私も時々寝落ちしちゃいそうになるよー」
やっぱ、そうだよね。仲間がいるって分かると、何だか余計に眠くなってきた。やばいよ。帰りの電車の中で寝ちゃいそう。
「じゃあね、私向こうだから!」
手を振って返すと、友達は笑って走っていった。言い遅れたけど彼女の名前は中延明穂、違う学校に通う子だ。入塾して初めて出来た友達だった。
小さく息を吐くと、私は今の今までいた塾の建物を見上げた。じゃあね、と呟いてみる。
ガラス張りの壁に傾いた夕方の陽がキラッと反射して、挨拶を返してくれた。
私、藤井芙美は中学三年生。
でもって、受験生。
半年以上も前に部活も辞めた私は、ここ自由が丘にある塾に通うことになった。週に三回、それも六時くらいまでだ。二学期に入ってからは学校が午前授業だけになったから、塾もそれに合わせて少し早くなっている。今日は、四時までだ。
それにしたって、もう面倒くさいったらありゃしないよ。これのために楽しかった自転車通学だって放棄しなきゃならなくなったし、満員電車での通学には慣れてないし。お父さんがいっつも味わってる苦労は分かったけど、正直もういいです。お腹いっぱいです。
そして何より一番堪えたのは、それっきり「プラスマイナスゼロの法則」が息を潜めてしまった事だった……かな。
「プラスマイナスゼロの法則」。
二年間の自転車通学の末に、私が発見した法則だ。
何か悪いことがあった後には必ず、いいことがある。ウソみたいに思えるそれが、自転車通学の間はちゃんと成り立っていた。
それが、電車通学に切り替えてからはさっぱりなんだ。
やっぱり、単調な毎日だからなのかな。
ただ駅まで歩いて電車に乗って、乗り換えてまた乗って、降りてさらに歩く。それだけを繰り返す、面白くも何ともない日常。盛り上がりもないから、盛り下がりもないのかもしれないよね。
最近よく眠れないのも、そのせいなのかな。なんて他人のせいにしてみたりしながら、今日も私はいつものように駅まで戻る道を辿り始めた。日が短くなってきたこの季節にも、東西に延びるこの道は街路灯なんか要らないくらいの眩しい陽光に照らされている。もう少し時間が遅かったら、沈んでるところだ。
あれだけだなぁ。前からずっと、変わらないのって。
何か、変化が欲しい。
ほんとにちょっとしたことだって構わないから、変化が欲しい。
密かに、そう願ってる私がいたのかもしれない。
そして、そういう変化は大概いつも突然やってくるんだ。
想像してもいなかった、意外な方向から。
「Excuse me」
「!!」
肩を叩かれて、思わず私は跳ね上がった。わっ、びっくりした!!
背の高い外国の人が、後ろにのっそり立っている。手に握りしめた地図を、振り返った私に見せてきた。
「How can I get to this atelier?」
何か質問されてる。それは分かる。分かるのはそこまでだ。
ってかやばい、一言も分かんないよ! 私リスニング超苦手なんだよ!
冷や汗がつうっと背中を伝っていくのが感じられた。誰か、誰か他に分かりそうな人いないの?
「あ……あいきゃんと、すぴーくいんぐりっしゅ」
やっとの思いでそう返すと、私は地図を突き返そうとした。なのに外人さん、腕を掴んでくる。
「Please! I want to go to this place!」
……その長い指が地図の一点を指してることに、その時初めて私は気がついた。
あ。もしかして、ここに行きたいってことなのかな。
私は地図を受け取ると、その建物の名前を見た。アトリエ甘楽堂、って書いてある。聞いたことないなぁ、この名前……。
現在地は、駅前から見て北西にある交叉点の前。目指すこのアトリエは、ええっと……って駅の反対側!?
「Please hurry!」
ああ、言ってること分かんないけど外人さん怒ってる……。どうしよう、早くしなきゃ。地図を睨みながら、私は南にいく道を指差した。
「ひ……Here」