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恋せよオタクども

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/04/27

 今日も、朝が来る。楽しい楽しい朝が。

「ルナ氏! 昨日のブレイブハリケーン最新話は見もうしたか!?」

 ルナ氏は髪をかきあげ、ふっと笑う。

「妾(わらわ)が見逃すとでも思ったか?」

「流石はルナ氏。拙者、感服致す」

 拙者達はブレイブハリケーンの事を談じながら学び舎への道を歩いた。


 教室に着いても拙者達の弁舌は止まらない。

「作画も然ることながら、音響、演出も最高の……」

「人間界においての娯楽の中でも上位に入る作品よ。人間もやりおる」

 そんな拙者達に人は近寄らない。高貴な話とオーラのせいであろう。人とはか弱いものだ。


 ルナ氏とは……肉体の名前は結月(ゆづき)氏だが、この世界に生を受けた時から共にいる。生まれた病院が同じで、生まれた日が同じで、家が隣で、幼稚園、小学校、中学校が同じ。そして何より趣味が同じ。

 幼き頃から至高の文化、サブカルチャーに触れてきた我々はすっかりその虜になってしまった。ずっと二人で文化を摂取し、ずっと二人で語り合ってきた。

 そしてルナ氏は中学に入ると狂気の悪魔「ルナティック」としての力が覚醒した。左目は人を狂わす赤き瞳になり、常に眼帯をしている。悪魔の気品を兼ね備えた彼女はとても魅力的である。

 そんな彼女の隣にいれる拙者は世界一の幸せ者でござる。いつまでも、こんな日々が続けば良いと思っていた。

 しかし……。


「仁(じん)……貴様、遠くの地にある大学へ進学するそうだな」

 時間とは、人間界の仕組みとは残酷なものである……。

「すまない……ルナ氏……」

 拙者はうつむく。だが、ルナ氏は毅然とした態度で物申す。

「顔を上げよ、仁」

「ルナ……氏……」

 その先にはルナ氏のにっとした笑み。

「知っておる。貴様はサブカルチャーに金銭を捧げ、その文化をさらに発展させるべく、都会の良き会社に入るのだろう」

「何故知って……」

「母上の井戸端会議とは恐ろしいものよ」

 母上……口が軽い……。

 ルナ氏はさらに告げる。

「行ってこい、仁。例え物理的距離が離れたとしても妾は貴様の事は忘れん」

「ルナ氏……」

 拙者はルナ氏の手を取る。するとルナ氏は少しあたふたとした。何故であろう? とにかく拙者は言う。

「我等は魂で繋がっているでござる! 拙者も忘れたりなどいたさん!」

 ルナ氏はいつもの様にふっと笑う。

「仁、我等は生涯の友だ!」

 そう契りを交わして我等は別れた。己の為、そしてルナ氏の期待に応える為に拙者は希望を胸に故郷を後にした。


 ……はずだった。

 都会の者達は垢抜けており、拙者は……所謂ぼっちになっていた。

 そういえば故郷でもルナ氏以外と喋っておらなんだ。しかしずっとルナ氏がいたから一人になった事がなかった。ぼっちとはこれほど辛いものなのか……。

 原因を分析してみると、「オタクトークついていけない」「喋り方変」「見た目ダサい」であった。薄々……気づいてはいた。こういうのそろそろ卒業した方がいいのではないかと。


 そうして「俺」は自分改革をした。


 ダサい見た目をまず直す。いろいろ調べた。

 喋り方も「普通」の喋り方に。慣れるまで難しかった。

 それから……オタク趣味を封印して、一般人が好む様な話題を取り入れた。

 すると、少しずつ友人ができ始めた。嬉しかった。これでいい。これでいい……そうだろう?

 今まで大切にしていた物を段ボールにしまう作業は何故か辛かった。

 ルナ氏……結月からの連絡も忙しいのかだんだんと来なくなった。俺もなんだか気まずくて連絡をしなくなった。


 時は流れ、俺は望んだ会社に就職できた。もう……あの頃の理由は失くなったけど、給料が良いに越したことはない。

 俺は大学で身につけたコミュニケーションツールで職場でも浮く事は避けられた。でも……何故か虚しくて、息苦しくて。生きているという実感が不確かで。自分はなんの為に生きているのだろう……そんな事を考えながら、職場での話題を収集していた。

 あの頃は毎日が楽しくて。深夜アニメの感想を彼女に言おうと毎朝が待ち遠しかった。なのに今は朝なんて来なければいいとさえ思う。

 すると、連絡アプリの通知が鳴った。誰だろうと見てみると、ルナ……結月からだった。俺は目を丸くする。恐る恐るタップすると、こんな内容だった。

『仁くん、久しぶり。元気にしてますか? 今度そっちに転勤する事になったからその前に会わない?』

 どうして俺の会社の場所を知っているのか聞けば『お母さん達の井戸端会議』と返ってきた。母さん……。

 俺は結月の申し出を承認して具体的な日時や場所なんかを決めた。カフェに行ってからの観光地巡り。とても一般的なコース。一通り決まった後、ベッドに仰向けになる。

 結月と会える。楽しみだ。しかし、結月……話し方普通だったな……。結月ももうそういうのは卒業したのだろう。……なんだか……寂しかった。


 約束の日。俺はついあの頃の結月が着ていたゴスロリ服を探してしまったが、もちろんそんな服装ではない。普通の大人女子っぽいコーディネートが文章で送られてきたのでそれを探す。もしかしてあれか……? 俺はその女性に近づいた。

「ル……結月?」

 女性……結月はこちらに気づき、ふわりと笑った。

「仁くん」

 普通に可愛い。ナチュラルメイク。もちろん眼帯はしていない。両目は黒。可愛い……けど、なんだろうこのもやもやは……。

「変わったね」

「結月も」

「カフェでゆっくりお話しよっか」

「ああ」

 そんな事を話して俺達はカフェに足を運んだ。


 俺はコーヒー、結月はミルクティーを飲みながら話す。

「結月さ、もう昔みたいな格好しないの?」

 結月は苦笑いする。

「もうああいうのは卒業」

「そう……」

 やっぱり……寂しいなんて思ってしまう……。俺がそんな事言う権利は無いのだけど。

「仁くんはまだアニメとか観てるの?」

 今度は俺が苦笑する。

「もう卒業したよ」

 結月は複雑そうな顔をして言った。

「そっか」


 それから俺達はカフェを出て観光地を巡った。結月は楽しそうだったけど時々カフェで見せた様な複雑そうな顔をした。俺にはその表情の真意がわからない。俺といるのは楽しくないのだろうかなんて考える。

 俺は……結月といれて楽しい。……楽しいはずなのに、物足りなくて。

 そんな事を考えていたら、街中に来た時にふとアニメショップが目に入った。昔は結月と頻繁に行ったな。今と違ってお小遣いが限られてたから吟味に吟味を重ねて買って……。楽しかったな……。

 俺ははっとした。思わず見入ってしまった。結月に変に思われてないだろうかと彼女の方を見ると……。

「……」

 彼女もアニメショップを凝視していた。だから俺はなんというか……。

「入る……?」

 そう言って指をさした。結月もはっとして、恥ずかしそうに俺を見ると

「うん……」

 と言った。


「おお……」

 何年かぶりのアニメショップは……。

「ワクワク……するね」

 結月は言う。

「うん……」

 俺も肯定する。

 所狭しと並べられる商品。漫画、円盤、グッズ……。嗚呼……これ……これだ……。この空気。帰ってきた。そう思った。

 知らない作品ばかりだが、それが盛り上がっているのがわかる。しかし根強い人気が続いているのは未だに残っていて。ブレイブハリケーンのグッズを目にした俺は声をあげてしまった。

「ル、ルナ氏! ブレイブハリケーンのまだ見ぬグッズが……!!」

 結月は顔に手を当てて告げる。

「ふっ……慌てるではない、仁。我等には幼き頃とは違う、金銭という力を持っているではないか」

 そう言って気がつく。

「……」

「……」

 俺達は二人して笑った。


 ブレイブハリケーンのグッズを買って、俺達は公園のベンチに座って話をした。

 結月もだいたい俺と同じ様な目にあってオタクを卒業したのだと。そして、俺と同じ様な寂しさや息苦しさを抱えていたと。

 結月はブレイブハリケーンの缶バッチを親指で撫でながら口を開く。

「でも……今更あの頃みたいにする勇気もないしさ……」

 結月の苦し気な顔を見て「拙者」は思った。

「なれば、二人でいる時は真実の姿で過ごそうではないか」

「え……」

 結月……ルナ氏は顔をあげる。

「他の誰が否定しようと拙者だけはルナ氏を否定せぬ」

 その言葉を聞いてルナ氏は笑った。

「礼を言うぞ、仁」


「戦記ものはやはり良い……。知恵、心情、迫力……そして平和への願い……その全てが詰まっておる」

「ルナ氏の感想は一味も二味も違いまするな」

 拙者達はあれから自分に素直になり、しょっちゅう会っている。毎日が楽しく、息がしやすい。

 今日は拙者の家でのアニメ鑑賞会。

「そして『この戦いが終われば……』の使い古されたフラグの見事な回収……」

「ルナ氏」

「なんだ?」

 拙者は跪いて隠し持っていた小さな箱を開ける。

「拙者と生涯の契りを交わしていただきたい」

 そう、それは指輪。このアニメに力を借りてプロポーズさせてもらった次第。

 ルナ氏はぽかんとした後、涙を流しながら答える。

「妾はっ……その告白っ……受け入れるぞっ……仁っ……!」

 拙者はルナ氏の手を取り、薬指に指輪をつける。

「ルナ氏に涙は似合わぬ。存分に泣いた後は拙者の隣で笑っていただきたい」

「ああっ……!」

 拙者達はもう大切なものを間違えない。今はまた、毎朝が楽しみである。

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