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世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


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第一章  八話 消えた村の真実

 朝靄の残る森を抜けると、村の家々が見えてきた。

 昨日までと同じ景色——そう思いたかった。


 だが、静かすぎた。


 鳥の声も、畑仕事の音も、子どもの笑い声もない。

 あるはずの生活の音が、一つも。


「……おかしい」


 湊が呟くと、リィナが不安げに腕を掴んだ。


「誰も……いません」


「ああ。気をつけろ」


 焚き木小屋の扉を開けても、畑の道具置き場を覗いても空っぽ。

 人気のない村は、まるで時間が止まったようだった。


 まず向かったのは、エルド老人の家。

 昨夜、怯えながらも村の真実へ導いてくれた人物。


「エルドさん? いますか!」


 返事はない。

 家の中はきれいに片付いていた。

 けれど、それが逆に不気味だった。


 まるで——消えることを知っていたかのように。


「みんな、どこへ行ったんだ……」


 湊は唇を噛んだ。

 不意に、背後で物音がする。


 振り向くと、一匹の鳥が屋根に止まった。

 黒い羽——あの影の魔獣と同じ色。


「下がれ!」


 湊がリィナを庇い、鳥を睨む。

 鳥は小さく首をかしげ、鋭い声で鳴いた。


『巫女……巫女……』


 言葉だ。

 鳥のくちばしから、明確な言葉が紡がれた。


「巫女を、差し出せ……それが……村の……約束……」


 声は濁り、途切れ途切れ。

 まるで誰かに操られているようだ。


『巫女……差し出せ……さもなければ……』


 タン、と鳥が跳ねる。

 次の瞬間、黒い霧に包まれて弾けた。


 地面には羽一枚残らなかった。



「レオルドさんは……村を守るために……」


 リィナが震える声で言った。

 湊は拳を握りしめる。


「それでも、代わりに誰かを捧げろなんて——!」


 怒りが胸を焦がす。

 だがその時、遠くで鈍い音が響いた。


 誰かが倒れる音。


「行くぞ」


 二人は駆け出した。

 音の方へ向かうと、井戸の前で一人の女性が膝をついている。


 昨夜、湊たちに食事をくれたミナだ。

 だがその顔色は蒼白で、全身が震えている。


「ミナさん!」


「……湊、さん……巫女、様……」


 よろよろと手を伸ばすミナ。

 リィナが駆け寄り、その体を支える。


「何があったんですか!? みんなは!?」


「影が……触れた人から、次々と……」


「影……」


 アルメリアの力が、村を襲ったのか。


「巫女様……あなたが……いれば……」


 ミナはリィナの頬を震える指で触れる。


「あなたが……囮になれば……みんな……助かる……

 そう……信じて……いたのに……」


 その瞳に映るのは、感謝でも祈りでもなく——

 恐怖と依存。


「リィナは囮じゃない!」


 湊が叫ぶと、ミナは怯えて体を震わせた。


「やめて……やめて……勇者は……巫女を守るための……

 世界を救うための……存在でしょう……?」


 ミナの手が離れ、地面に倒れ込む。

 影が足元から広がっていた。


「リィナ、離れろ!」


 湊が手を伸ばし引き戻す。

 影は瞬く間にミナを飲み込み——跡形もなく消えた。


 残ったのは、彼女の腕輪だけ。


「なんで……こんな……」


 リィナは目を潤ませ、拾い上げる。

 その小さな手が、震え続けていた。



「湊さん……わたし、怖い」


「大丈夫だ。俺が必ず守る」


「でも、わたしがいるせいで……」


「またそれか!」


 湊は思わず声を荒らげた。

 リィナが目を見張る。


「リィナがいなければ、誰が泣く?

 誰が失われる?

 お前を助けた誰かの想いはどうなる?」


「……でも」


「“代わり”なんて言わせない。俺が言わせない。

 お前は、お前だ」


 湊はリィナの肩に手を置いた。

 その細い肩が、ようやく少しだけ力を取り戻す。



 と、その時。


「勇者……くん?」


 掠れた声が、背後から聞こえた。

 振り返ると、レオルドが木に寄りかかって立っていた。


「なぜ、ここに……!」


「置いていかれて……たまるか……

 それに……村の人間を……放っておけるかよ……」


 彼は深い傷をおしてここまで来たのだ。

 湊とリィナはすぐに支える。


「影が広がってる……原因を断たないと……」


 レオルドは苦しげに言う。


「村の……中央広場だ……

 地下に……古い封印がある……

 それが……狙われてる」


「封印……?」


「ああ……“天環”と地上を繋ぐ……鍵だ」


 湊の背中に、冷たい汗が伝う。


「急ごう。全て、手遅れになる前に」



 三人は広場へ向かった。

 そこでは——


 地面が陥没し、黒い穴が口を開けていた。

 中からは、うごめく影の手が次々と伸びている。


「間に合わなかったのか……!」


 レオルドが歯を食いしばる。


 影が地下からあふれ、村全体へ広がろうとしていた。


「巫女を……さしだせェ……

 勇者を……きりさけェ……」


 影たちのうめきが、耳を刺す。


 リィナが怯え、湊の袖を掴む。


「大丈夫だ」


 湊は光の刃を右腕に宿し、影の前へ立ちはだかった。


「リィナ。俺の後ろに」


「はい!」


 レオルドも剣を構える。


「行くぞ、湊。

 世界がどうとかは後だ。

 まずは——この村を守る!」


「当たり前だ!」


 二人は影へ向かって飛び込んだ。


 戦いの中——

 湊の心には、たった一つの願いが灯っていた。


 この世界が終わるその日まで。

 誰も泣かせない。

 誰も失わない。


 たとえそのせいで、自分が傷つこうとも。


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