第二章 三十七話 世界が拒絶する答え
白い空間が、軋んでいた。
まるで、
巨大な構造物に無理な力をかけたときのような、
不快な振動。
《再計算、失敗》
観測者の声は、
これまでで最も低く、重かった。
《想定外の選択が
複数回、観測された》
リィナが舌打ちする。
「……エラーってやつ?」
《否》
即座に否定。
《矛盾》
その一言で、
空気が凍りついた。
「矛盾……?」
ユイナが、静かに問い返す。
《世界は
選択の結果を一つに収束させる必要がある》
《だが
あなたたちの選択は
排他性を拒否している》
湊は、前に出た。
「それが……
何かおかしいのか」
《選択とは
何かを捨てる行為だ》
観測者の声が、
断定的に響く。
《全てを保持したまま
前進することは
構造上、許されていない》
リィナが、剣を握りしめる。
「……誰が決めた」
《世界の設計者だ》
その瞬間。
白い空間の奥に、
“輪郭”が浮かび上がった。
これまでの観測者とは違う。
より明確で、
より巨大な存在感。
「……上位、か」
ユイナの声が、震える。
「観測者の……
さらに外側」
湊は、
圧倒的な“視線”を感じていた。
見られているのではない。
測られている。
存在そのものを、
数値化されている感覚。
《回答を提示する》
上位存在の声が、
重なり合うように響いた。
《特異点 湊
分岐点 ユイナ
変数 リィナ》
「……人を、
数式みたいに言うな」
湊の声は、
低く、怒りを孕んでいた。
《最適解を提示》
空間が、再び分裂する。
だが、今度は三つではない。
一つ。
巨大な“世界”が、
三人の前に展開された。
そこは――
今まで見てきた、
すべての世界の混合だった。
祈りの残る村。
戦火に包まれた荒野。
試験世界の白い地平。
「……ぐちゃぐちゃだな」
リィナが、吐き捨てる。
《この世界は
あなたたちの選択を
全て内包している》
《犠牲も
自由も
管理も
拒絶も》
ユイナが、息を呑む。
「……そんな世界は」
「……持たない」
湊が、言葉を継いだ。
《正解》
上位存在の声が、
淡々と告げる。
《よって
修正を行う》
「修正……?」
《矛盾を生む要因を
除去する》
その瞬間。
ユイナの足元が、
光に包まれた。
「……っ!」
リィナが、即座に前に出る。
「ユイナ!!」
《巫子由来の変数を
切除》
《世界安定度
上昇》
ユイナの体が、
透け始める。
存在そのものが、
薄くなっていく。
「……やめろ!!」
湊が叫ぶ。
「彼女は……
犠牲じゃない!」
《彼女は
矛盾の起点》
《排除が最適》
ユイナは、
湊を見る。
驚くほど、
穏やかな表情だった。
「……湊」
声は、
ちゃんと届いた。
「大丈夫……
私は、覚悟して……」
「するな!!」
湊は、
彼女の手を掴む。
確かな温度。
消えかけているのに、
まだ、ここにいる。
「……約束しただろ」
声が、震える。
「誰も……
置いていかないって」
ユイナの瞳が、
わずかに揺れる。
リィナが、
剣を構えた。
「……いい加減にしなさいよ」
彼女の声は、
怒りと恐怖が混じっている。
「世界の都合で、
仲間を切るなら」
剣先が、
上位存在へ向けられる。
「あたしたちが……
その世界を否定する」
《反抗行為》
《観測不能》
その言葉と同時に、
圧力が、三人を押し潰そうとする。
呼吸が、苦しい。
視界が、歪む。
それでも――
湊は、手を離さなかった。
胸の奥で、
何かが“繋がる”。
遥の声。
ユイナの想い。
リィナの覚悟。
すべてが、
一点に集まる。
「……選択は」
湊は、
歯を食いしばりながら言った。
「世界がするんじゃない」
「俺たちが……
生きて、し続けるものだ」
その瞬間。
ユイナの体から、
強い光が溢れた。
消失ではない。
逆だ。
“固定”された。
《……不可能》
上位存在の声に、
明確な動揺が走る。
《存在が
自己定義を……》
ユイナが、
自分の胸に手を当てる。
「……私は、
選ばれました」
「犠牲としてではなく……
一人の人間として」
光が、
三人を包み込む。
リィナが、
歯を見せて笑う。
「ざまあみなさい」
白い空間に、
亀裂が走る。
世界が、
悲鳴を上げている。
《緊急措置》
《試験世界を
強制終了》
上位存在の輪郭が、
崩れ始めた。
《この矛盾は……
次段階へ持ち越す》
圧力が、消える。
三人は、
その場に崩れ落ちた。
荒い息。
鼓動。
確かな、生。
「……生きてる?」
リィナが言う。
ユイナが、
自分の手を見つめ、
小さく笑った。
「……はい」
湊は、
二人を見て、
深く息を吐いた。
だが――
安堵は、長く続かなかった。
空間の奥で、
最後の“宣告”が響く。
《次は
世界そのものが
あなたたちを拒絶する》
その言葉と共に、
視界が、闇に沈んだ。




