第二章 三十一話 再構築の始まり
旅立ちは、驚くほど静かだった。
号令もなく、誓いもなく、
ただ三人は同じ方向へ歩き出した。
それだけで、十分だった。
⸻
最初の村は、かつて「巫子の祝福」を受けていた土地だった。
白い石造りの家々は半壊し、
中央広場にあった祈祷塔は、無残に崩れている。
だが、人の気配はあった。
「……生きてる」
リィナが呟く。
瓦礫の隙間から、子どもが顔を出し、
警戒しながら三人を見ていた。
湊が剣から手を離し、ゆっくり膝をつく。
「大丈夫。
俺たちは……敵じゃない」
その声は、不思議とよく通った。
子どもは少し考えた後、
走って村の奥へ引っ込んでいった。
「警戒されてるわね」
リィナが肩をすくめる。
「無理もない」
ユイナが静かに言った。
「この村は……
“祈りが消えた最初の日”に、
外敵に襲われています」
湊は眉を寄せる。
「祈りが消えた……?」
「はい。
巫子の力が消失した直後、
守護結界も消えました」
リィナが歯を食いしばる。
「……それで、被害が」
ユイナは頷いた。
「世界が変わる時、
一番最初に痛みを受けるのは……
いつも、弱い場所です」
三人の前に、
年配の男が現れた。
顔に深い皺、
手には古い槍。
「……旅人か」
声は低く、疲れていた。
湊は立ち上がり、深く頭を下げる。
「はい。
俺たちは……この世界を立て直す手助けがしたい」
男は一瞬、驚いた顔をし、
それから苦く笑った。
「立て直す、か。
巫子も神も消えた世界を?」
その言葉に、空気が張りつめる。
ユイナが一歩前に出た。
「……巫子は、もういません」
男の目が見開かれる。
「なんだと……?」
「でも……人はいます」
ユイナは、まっすぐ男を見た。
「あなたたち自身が、
この村を守る力になります」
男は沈黙した。
やがて、槍を地面に突き、
低く言った。
「……祈りが消えたあの日、
俺たちは何もできなかった。
巫子がいないと、
何もできないと思い込んでいた」
その声には、悔恨が滲んでいた。
湊が口を開く。
「力は……もう、借りられない。
でも……代わりに、選べる」
「選ぶ?」
「守るか、逃げるか。
戦うか、助け合うか」
男は、ゆっくりと三人を見る。
「……お前たちは、何者だ」
湊は少し考え、答えた。
「間違えた人間です」
リィナが吹き出しそうになるのを、
必死にこらえている。
湊は続けた。
「でも……
間違えたまま、終わりたくない」
男はしばらく黙り込み、
やがて小さく息を吐いた。
「……話を聞こう」
⸻
村の集会所は、屋根が半分崩れていた。
それでも人々は集まり、
三人の話に耳を傾けた。
巫子の祈りが戻らないこと。
神が助けてくれないこと。
そして――それでも、生きるしかないこと。
不安と怒りが交錯する中、
リィナが前に出た。
「守ってもらうのを待つのは、もう終わり。
武器の扱いなら、教える」
村人たちがざわつく。
「女が……?」
その一言に、
リィナの目が鋭く光った。
「生き残りたいなら、
そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
湊は苦笑し、
ユイナは小さく頷いた。
「私は……祈りはできません。
でも……知識はあります」
ユイナは地面に簡単な図を描く。
「魔獣は、結界が消えた今、
集団で動くようになっています。
見張りと、連携が必要です」
人々の目が、少しずつ変わっていく。
恐怖だけではない。
考え、理解しようとする目。
それを見て、
湊は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(これが……再構築)
その時だった。
ユイナが、ふと空を見上げる。
「……来ています」
「何が?」
「“観測”です」
空の高み。
雲の向こうに、
確かに“視線”があった。
人のものではない。
だが、確実に“こちらを見ている”。
リィナが小声で言う。
「……神様、ね」
ユイナは静かに答えた。
「はい。
でも……もう、祈る相手ではありません」
湊は空を睨み、
静かに言った。
「見てるなら、見てろ」
拳を握りしめる。
「俺たちは……
自分で選ぶ」
空は、何も答えなかった。
だが、
雲の奥で、確かに何かが動いた。
それを“警告”と取るか、
“始まり”と取るか。
答えは、まだない。
世界は今、
再構築の最初の一歩を踏み出したばかりだった。




