表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/38

第一部  三話 光を呼ぶ者

 夜が明けきらぬ灰の空の下で、城下町に警鐘が鳴り響いた。

 金属を叩くような音が幾重にも重なり、街中がざわめく。

 兵士たちが駆け抜け、避難を促す声が飛び交った。


「魔獣群が北門を突破した! 負傷者多数!」

「女と子どもを神殿へ! 急げ!」


 その騒ぎの中で、湊はただ呆然と立ち尽くしていた。

 つい昨日まで、自分はただの大学生だった。

 今は見知らぬ世界の、見知らぬ戦場の中にいる。


「湊、こっちだ!」


 レオルドの声に我に返る。

 手には剣。見覚えのない形。だが、不思議と手に馴染む。

 柄には、泉で見た紋章と同じ“二翼の円環”が刻まれていた。


「お前はまだ戦えん。だが、街の外へ出る道は閉ざされた。生きたければ、俺の後ろにいろ!」


「……わかった」


 言葉に力はなかったが、足だけは動いた。

 地面が震える。遠くで何かが咆哮を上げた。



 北門にたどり着くと、そこは地獄のようだった。

 黒い霧の中から、巨大な影が次々と現れる。

 毛皮のようなものに包まれた異形の獣たち――“灰獣アッシュビースト”。

 牙を剥き、人々を襲っていた。


 剣がぶつかり、火花が散る。

 叫びと怒号と祈りが入り混じる。

 湊の鼓動が速くなる。呼吸が浅くなる。


 だが、恐怖の中にも、奇妙な感覚があった。

 あの獣たちを見ていると、胸の奥がざわつく。

 まるで、何かが共鳴しているようだった。


「退け! こいつらは……“天環”の瘴気に侵された!」


 レオルドの叫びとともに、魔獣の群れが一斉に跳躍した。

 その瞬間、湊の右手の紋章が光る。


「なっ……!」


 青白い光がほとばしり、空気が震えた。

 風の渦が巻き起こり、魔獣の一体を吹き飛ばす。

 誰もが息を呑んだ。


 湊自身も何が起きたのか分からなかった。

 ただ、体の奥で何かが“目覚めた”のを感じた。


「……今のは、なんだ?」


「お前の中に流れる“天環の力”だ。勇者の魂が完全に覚醒したのかもしれん」


「勇者……そんな、俺が?」


「信じる信じないは自由だが、世界は待ってくれん」


 レオルドの瞳に迷いはなかった。

 その真っ直ぐさが、湊の中の恐怖を少しだけ和らげた。



 戦いは続いた。

 だが、湊の力が発現してから、戦況はわずかに傾いた。

 光の盾のようなものが兵士を守り、空に散る灰の雨を弾いた。

 湊の右腕には、青い筋が走っていた。

 それが熱を帯びるたび、頭の奥で声が聞こえる。


「……守って、ミナト……」


 結衣の声。

 確かに、耳元で囁いた。


 次の瞬間、光が再び弾け、灰獣たちの動きが止まった。

 その中央に、一体だけ、他と違う姿の獣がいた。

 白い毛並み。額に刻まれた、翼のような紋章。

 その瞳は、どこか悲しげだった。


「……やめて……」


 また、あの声。

 湊の胸の奥で何かが裂けるように痛んだ。

 その獣と目が合った瞬間、彼の脳裏に映像が流れ込む。


 緑の丘。

 風に揺れる花。

 笑う少女の顔。


 結衣。

 その隣で笑っている自分。

 でも、次の瞬間、炎と光がすべてを呑み込んだ。


 ――あの日の、最後の記憶だった。



「湊! 避けろ!」


 レオルドの叫びで現実に引き戻される。

 白い獣が跳びかかる。

 湊はとっさに剣を構えた。

 だが、その瞬間、光の刃が獣の身体を貫いた。


 静寂。

 灰が舞い上がる。

 白い獣は、声もなく崩れ落ちた。


 その胸から、小さな光の粒がふわりと浮かび上がる。

 風に揺れながら、湊の手の中に落ちた。

 温かい。

 懐かしい匂いがした。


「……ありがとう」


 確かに、そう聞こえた。


 湊の目に涙が滲んだ。

 何かを失ったような、何かを取り戻したような――説明できない感情だけが残った。



 戦いが終わると、城下は灰の静けさに包まれた。

 人々は疲れ果て、祈るように空を見上げていた。

 灰の雲の隙間から、一筋の光が差し込む。

 それは、まるでこの地がまだ見捨てられていないかのようだった。


「……お前の力は本物だ。だが、制御できなければ自分を壊す」


 レオルドが静かに言った。

 その眼差しの奥に、わずかな警戒と、同時に期待の色があった。


「俺の中の光……いったい何なんだ?」


「それを知るには、“天環”に行くしかない。

 お前と、もう一人の“魂の契約者”が出会う場所だ」


 湊は、空を見上げた。

 灰の向こうに、微かに光る輪のようなものが見えた。

 天環――この世界の空に浮かぶ、神の国。

 そこに、結衣――ユイナがいる。


「俺は、行くよ。あの光の先へ」


 その言葉に、レオルドはわずかに笑った。

 そして、剣を地に突き立て、誓うように言った。


「ならば俺も共に行こう。勇者の道は、一人では歩けぬ」



 その夜。

 城の高塔から、ひとりの女が二人を見下ろしていた。

 黒衣に身を包み、目には赤い光を宿す。


「勇者と巫女、再びこの地に生まれたか……」


 女は唇の端をわずかに上げた。

 その背後の壁には、崩れかけた古代文字が刻まれている。

 そこにはこう書かれていた。


「二つの魂が再び結ばれるとき、天環は落ち、世界は灰となる」


 そして、彼女の指先には、小さなガラス玉のようなものが握られていた。

 その中には、先ほど湊が倒した白い獣の光が閉じ込められている。

 それが、かすかに脈動していた。


「始まるわね。灰の予言が……」


 夜風が吹き、塔の上に散る灰が、ゆっくりと月明かりに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ