表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/38

第一章  二十九話 犠牲なき祈り

世界が、静かに反転した。


空と地面の境界が曖昧になり、

上下の感覚が失われていく。

重力はあるのに、足場がない。

まるで世界そのものが、選択を迷っているかのようだった。


境界喰らいは、確かにそこに存在している。

だが、さきほどまでの圧倒的な暴力性が薄れ、

影の輪郭が不安定に揺れていた。


「……効いてる?」


リィナが小さく呟く。


彼女の剣は震えていたが、

目は決して逸らしていなかった。


「まだ、完全じゃありません」


ユイナが静かに答える。

祈りの構えを解かず、額には汗が滲んでいた。


「境界喰らいは“世界の矛盾”そのもの。

倒すというより……解く存在です」


「解く……?」


湊は剣を構えたまま、影を見据える。


遥は、淡い光のまま、少し後ろに浮かんでいた。

存在は儚く、今にも消えそうだ。


「この世界はね、湊くん」


遥の声は、風のように柔らかかった。


「“誰かが犠牲になる”ことでしか、

均衡を保てない構造だった」


影が低く唸る。


「巫子が祈り、

勇者が戦い、

選ばれなかった魂が、どこかで捨てられる」


遥は視線をユイナに向けた。


「ユイナさんは、その“歪み”を一身に背負うはずだった」


ユイナは、静かに目を伏せる。


「……はい。

私は、最初から“失われる前提”で存在していました」


その言葉に、湊の胸が締めつけられる。


「それでも……私は、それを受け入れていました。

世界を守るためなら……それが当然だと」


リィナが叫ぶ。


「そんなの……当たり前なわけないでしょ!」


ユイナは驚いたように目を見開いた。


リィナは唇を震わせながら続ける。


「世界が生き延びるために、

誰かひとりが壊れていいなんて……

そんなルール、最初から間違ってる!」


その言葉に、境界喰らいが反応した。


影が大きく波打ち、

周囲の空間が歪む。


「……来る!」


湊が叫ぶ。


触手が四方から伸び、

三人を囲い込む。


だが、その動きはどこか迷っていた。


まるで、何を喰らえばいいのか分からなくなっているようだった。


「今です」


ユイナが一歩前に出る。


「私は……“巫子”として祈ります。

でも、犠牲としてではありません」


湊は息を呑んだ。


「ユイナ……?」


ユイナは振り返り、微かに笑った。


「湊さん。

あなたがこの世界に来てくれたから……

私は初めて、“選びたい”と思えたんです」


彼女は胸の前で、ゆっくりと手を組む。


だが、それは今まで見てきた巫子の祈りとは違った。


形式も、言葉も、定められた儀式もない。


ただ、想いだけがそこにあった。


「私は……

誰かが犠牲になる世界を、終わらせたい」


その瞬間、

ユイナの足元から、柔らかな光が広がった。


白でもなく、金でもない。

人の体温を思わせる、淡い光。


「これは……」


遥が、驚いたように呟く。


「“代償を伴わない祈り”……

本来、この世界には存在しないはずの……」


影が激しく揺れ始める。


境界喰らいは、混乱していた。


「喰らえない……」


ユイナの声が、世界に溶けていく。


「恐怖も、憎しみも、

犠牲になる覚悟も……

私は、もう差し出しません」


影が悲鳴のような音を立てた。


触手が崩れ、

核の部分が露わになる。


そこには、歪んだ光があった。


「……あれが、境界の核」


遥が言う。


「世界が“犠牲”に依存してきた、その証」


湊は一歩前に出た。


剣を握る手が、はっきりと震えている。


「俺が……行く」


リィナが即座に言う。


「ひとりで行く気?

バカ言わないで」


彼女は湊の隣に並び、剣を構えた。


「選ぶって決めたんでしょ。

誰かを置いていかないって」


湊は小さく笑った。


「……ああ」


遥の光が、二人を包む。


「勇者が戦い、

巫子が祈り、

誰かが犠牲になる」


彼女は静かに首を振る。


「そんな物語……

もう、終わりにしよう」


湊とリィナが同時に踏み出す。


境界の核へ向かって。


影は抵抗するが、

祈りの光がそれを削いでいく。


湊は叫んだ。


「これは……誰かを失うための一撃じゃない!」


剣が、核に触れる。


その瞬間、

湊の中に、無数の声が流れ込んできた。


捨てられた巫子たち。

選ばれなかった魂。

救われなかった世界の欠片。


そのすべてが、

“痛み”として存在していた。


だが、同時に。


ユイナの祈り。

リィナの隣に立つ覚悟。

遥の、最後まで人を想う心。


それらが、痛みを包み込んでいく。


核が、静かにひび割れた。


轟音はない。

爆発もない。


ただ、

世界の奥で、何かがほどけていく感覚。


境界喰らいは、

影ではなく、霧となって消えていった。


空が、ゆっくりと元の色を取り戻す。


上下の感覚が戻り、

風が、再び流れ始めた。


「……終わった?」


リィナが呟く。


ユイナはその場に座り込み、

大きく息を吐いた。


「……はい。

少なくとも……“犠牲を前提とした均衡”は、壊れました」


遥の光が、少し弱まる。


湊はそれに気づき、声を上げた。


「遥……!」


遥は穏やかに微笑んだ。


「大丈夫。

これは……消滅じゃない」


彼女は空を見上げる。


「世界が変わったなら……

私の役目も、終わっただけ」


湊の胸が痛む。


「また……会えるのか?」


遥は、少しだけ考えてから答えた。


「……未来が、犠牲を必要としないなら。

きっと、どこかで」


その姿が、光となって溶けていく。


「湊くん。

生きて」


それが、最後の言葉だった。


光が消え、

その場には三人だけが残された。


静寂。


やがて、リィナが深く息を吸い、笑った。


「……とんでもないこと、やっちゃったわね」


湊も苦笑する。


「世界のルールを書き換えた、ってやつだな」


ユイナは二人を見上げ、

ゆっくりと微笑んだ。


「でも……これでやっと、

“誰も選ばれない未来”を選べます」


遠くで、新しい朝の光が差し込み始めていた。


だが――

その光の向こうで、

別の“何か”が、静かに目を覚ましつつあることを、

まだ誰も知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ