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世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


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第一章  二十八話 境界喰らいの影

黒い影が、空から降りてくる。


それは「落ちる」というより、

世界の裂け目から“滲み出る”ようだった。


天環の中心が歪み、

闇が脈打つたびに空気が重くなる。


湊は剣を強く握りしめた。


手のひらが汗で濡れている。

だが、恐怖よりも先に浮かんだのは――後悔だった。


ユイナの背中。

振り返らずに離れていった、その姿。


(……俺は、何を守れた?)


「来るわよ、湊!」


リィナの声で我に返る。


影は、もはや“形”を持っていた。

巨大な核のような中心部から、

無数の触手が空間を裂きながら伸びてくる。


触れた地面が、音もなく崩壊した。


「……あれが、境界喰らい」


ユイナが低く呟く。


彼女はすでに巫子の表情をしていた。

感情を押し殺し、祈りに集中する顔。


「本来なら……私ひとりで対処すべき存在です」


「ひとりで、だと?」


リィナが声を荒げる。


「ふざけないで。

あんなの、どう見ても世界災害でしょ!」


ユイナは微かに笑った。


「……だからです。

あれは“巫子の存在そのもの”を喰らう影。

本来の私は……あれの“鍵”だった」


湊の胸がざわつく。


「鍵……?」


「ええ。

天環の最奥を封じるための……生贄です」


その言葉に、リィナが絶句する。


「……何、それ」


「世界を守る代わりに、

巫子は“個”を失う。

感情も、未来も、誰かを想う心も」


ユイナは湊を見た。


その瞳には、確かな意思が宿っていた。


「でも……湊さんが来てしまった。

あなたがこの世界に存在してしまったことで……

私は“巫子”でありながら、“私”になってしまった」


影が咆哮する。


空間が揺れ、

重力が歪み、足場が崩れ始める。


「つまり……」


湊は剣を構えながら言った。


「俺がここにいる限り、

ユイナは完全な巫子になれない。

だから、あれは暴走してる……?」


ユイナは静かに頷いた。


「はい。

あなたの存在は、世界にとって“誤差”。

でも……私にとっては――」


そこまで言って、ユイナは言葉を切った。


影の触手が、一気に地面を叩きつける。


轟音。


湊とリィナは横へ跳び、

ユイナは祈りの結界を展開した。


結界に触れた闇が、煙のように弾かれる。


「効いてる……!」


リィナが叫ぶ。


「でも、長くは持ちません!」


ユイナの声は必死だった。

額に汗が滲み、息が荒くなる。


「境界喰らいは……

“想い”を感知して、そこを喰らいます。

未練、後悔、愛情……

強い感情ほど、引き寄せられる」


その瞬間。


影の動きが、明らかに変わった。


触手が――

湊の方向へ、集中し始める。


「……俺か」


湊は歯を食いしばる。


「やっぱりな」


リィナが叫ぶ。


「湊! 下がって!」


だが、影は止まらない。


湊の胸の奥に残る、

遥への想い。

ユイナへの罪悪感。

リィナへの選択。


それらすべてが、

影を引き寄せている。


「湊さん!」


ユイナが叫んだ。


「そのままだと……あなたの魂が……!」


影の触手が、湊の腕を掴む。


冷たい。

いや、“無”に近い感覚。


触れられた部分から、

記憶が剥がされていくような錯覚。


幼い頃の記憶。

笑った顔。

名前。


「くっ……!」


湊は剣を振るうが、

影は斬れない。


「湊!!」


リィナが駆け寄ろうとする。


だが、その前に――

ユイナが一歩、前に出た。


「……もう、いいんです」


彼女は結界を解いた。


「ユイナ!?」


リィナが叫ぶ。


ユイナは振り返らず、

ただ湊に向かって言った。


「湊さん……

私、ずっと……あなたに救われていました」


影が、ユイナの存在に反応する。


触手の動きが鈍り、

重心が彼女へと移る。


「あなたがいたから……

私は“生贄”じゃなく、“人”でいられた」


ユイナは、胸の前で手を組んだ。


巫子としての祈りではない。

ただの、ひとりの少女の願い。


「だから……今度は、私が守ります」


湊の目が見開かれる。


「やめろ、ユイナ!!」


影が、ユイナを包み込もうとする。


その瞬間――


天環の奥から、

聞き覚えのある声が響いた。


「……それは、違うよ」


空間が震え、

白い光が走る。


影の動きが、一瞬止まった。


「この世界は……

誰かが犠牲になるために、存在してるんじゃない」


湊の心臓が跳ねる。


「……遥?」


光の中に、

確かに“彼女”の姿があった。


完全ではない。

輪郭が揺れ、存在が不安定だ。


だが――

確かに、そこにいた。


「私は……まだ消えてない」


遥は影を見つめ、静かに言った。


「境界喰らいは、

“歪んだ選択”が生んだ存在。

なら……正しい選択で、壊せる」


ユイナが息を呑む。


「あなたは……」


遥は微笑んだ。


「湊くん。

まだ……終わってないよ」


影が再び動き出す。


三人の前に、

世界を壊す存在が立ちはだかる。


だが今――

湊は、はっきりと分かっていた。


(選択は……ひとつじゃない)


剣を握り直し、前に出る。


「行こう」


リィナが隣に立つ。

ユイナが祈りを構える。

遥が、光となって支える。


四つの想いが重なった瞬間――

世界が、静かに反転した。


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