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世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


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第一章  二十五話 記憶の扉が開くとき

白い裂け目から落ちてきた少女は、ゆっくりと足を地につけた。

その瞬間、空気が張りつめ、周囲の風さえ動かなくなったように感じた。


湊は声を失っていた。


目の前の少女。

白いワンピースに淡い光の粒子を纏い、雪のように透ける髪を揺らしている。

その表情は懐かしく、そして痛いほどにまっすぐだった。


「……どういう、こと……?」

リィナが声を絞り出す。


「湊さん……これは……」

ユイナの手が小さく震えている。


少女はふたりには目も向けず、

ただ一歩だけ湊へ歩み寄った。


湊は喉を震わせる。


「……なんで……ここに……?」


少女は微笑んだ。

「会いたかったからだよ。ずっと——ずっと」


その声を聞いた瞬間、湊の胸の奥にある“鍵”のような記憶が、

ひび割れる音を立てて開きはじめた。


ぐらりと視界が揺れた。


過去の記憶が、奔流のように押し寄せてくる。


——放課後の教室。

——雨音。

——帰り道で笑うその横顔。

——そして、あの日……。


「……君は……」


震える声で、湊はその名前を呼んだ。


「……はるか?」


少女は、嬉しそうに目を細めた。


「うん……やっと、思い出してくれたね」


その瞬間、湊の膝が崩れた。

リィナが慌てて支える。


「湊っ、大丈夫!?」


「み、湊さん……顔色が……」


湊はふたりに支えられながら、目の前の“前世の少女”を見つめた。


——遥。

湊が元の世界で一番大切にしていた人。


幼馴染で、親友で、

いつかは想いを告げようと思っていた相手。


だがその想いを口にする前に、

遥は——死んだ。


交通事故だった。

湊のせいで。


違う。

湊が「庇った」せいで、彼女が代わりに命を落とした。


湊は自責の念に押しつぶされ、

それを誰にも言えないまま生きてきた。


その“遥”が、

今、目の前に立っている。


——どうして?


——なぜ世界を超えて現れる?


疑問が胸を締めつける中、遥が静かに口を開く。


「湊くん。あなたがこの世界に来た理由……

本当のこと、話すね」


リィナとユイナが息を呑む。


遥は手を胸の前で組み、

ふわりと光を漂わせながら語りはじめた。


「あなたはね……“この世界に呼ばれた”んじゃない。

“私が連れてきた”の」


湊の思考が止まる。


リィナが震える声で遮るように言った。


「ちょっと待って……どういう意味よそれ……

湊は……湊は、この世界の“巫子”に選ばれて来たんじゃ……?」


ユイナも困惑を隠せない。


「巫子が召喚術で……いえ、天環の裂け目が……」


遥は首を横に振る。


「違うよ。

湊くんは、本来この世界に来るべき“選定者”じゃなかったの」


その場にいた全員の呼吸が止まった。


遥は続ける。


「本来この世界に来るはずだった魂があった。

でも、私はそれを……ほんの一瞬の『すき間』で、

湊くんの魂と“すり替えた”の」


湊の背中に冷たい汗が流れる。


すり替えた——。


あの白い少女も言っていた言葉だ。


「な、なんで……そんなこと……」


声は震えていた。

答えを聞くのが怖かった。


遙は一歩近づき、湊へ手を伸ばす。

その目は、誰よりも優しく、そして痛みで濡れていた。


「あなたを……生かしたかったの。

あの日、私を庇って死にかけた湊くんを……

どうしても救いたかった」


「……っ」


「でも……もう間に合わなくて。

だから、せめて“別の世界”で生きてほしかった。

あなたに……生きていてほしかったんだよ」


湊は胸が苦しくて呼吸ができなくなる。


リィナは唇を噛みしめ、視線を逸らす。

ユイナは両手を胸に当て、震えながら遥を見ていた。


遥はそのふたりの感情に気づかず、

湊にだけ囁くように続けた。


「でも……ね。

湊くんをこの世界に送り込んだ瞬間、私は気づいたの。

あの選定された魂の“空席”を、誰かが埋めてしまったことに……」


湊は眉を寄せる。


「……どういうことだ?」


「湊くんが来たことで、本来選ばれるべきだった“巫子”が——

“無理やり別の存在に差し替えられた”の」


リィナがはっと息を呑む。


ユイナの目が大きく揺れた。


「まさか……」


遥は静かに頷く。


「そう。

湊くんの代わりに選ばれた“本来の巫子”は……

ユイナさん、あなた」


ユイナの表情が凍りつく。


リィナが驚愕の声を上げる。


「ユイナが……!?」


ユイナは震える手を胸に当て、

絞り出すように呟いた。


「……わ、わたし……?

でも、私は天環に選ばれた記憶も……そんな運命を……何も……」


遥は優しい声で言った。


「記憶は封印されたの。

あなたの心が壊れないように。

選ばれた瞬間、強制的に“巫子としての人格”が書き換えられたから」


その言葉に、ユイナの膝が崩れ落ちた。


湊は慌てて支える。


「ユイナ、大丈夫か……!?」


ユイナは震える声で言う。


「湊さん……私……あなたを助けるために……

この世界に生まれたんじゃないんですか……?

違うんですか……?」


湊には答えられない。


心が千切れそうだった。


遙は静かに告げた。


「あなたは、本来この世界そのものを守る巫子。

でも湊くんの魂が“枠”を奪ってしまったせいで、

あなたは別の役目にすり替えられ……記憶も能力も封じられた」


「じゃあ……私は……代用品……?」


ユイナの声は、聞くに耐えないほど痛かった。


湊は必死に声を絞り出す。


「違う……!

ユイナは、そんな存在じゃない……!」


だが遥は首を横に振る。


「事実を言っただけ。

あなたは悪くない湊くん。でも——

“結果として”ユイナさんの運命は狂わされたの」


リィナは唇を噛みしめ、耐えきれず叫んだ。


「じゃあ……何?

湊は誰かを犠牲にしてこの世界に来たっての!?

そんなの——クソみたいじゃない……!!」


遥はリィナをまっすぐに見つめる。


「その通り。

でも、選んだのは湊くんじゃない。

“私”だから」


リィナは言葉を失う。


遥は湊に微笑みかける。


「だから……責めないであげてほしい。

全部、私のエゴだから」


湊は震える声で問いかけた。


「遥……君は今……生きてるのか……?」


遥は少し寂しそうに微笑んだ。


「いいえ。

私は“もうこの世の存在じゃない”。

ただ、魂の残滓が形を取っているだけ。

“あなたを迎えに来るために”残った最後の欠片……」


「迎えに……?」


遥がそっと湊の頬に触れた。

その手は透けていて、けれど確かに温かかった。


「湊くん。

……もう、帰ってきて?」


その一言で、

リィナの表情が凍りついた。


ユイナは血の気を失い、唇が震えている。


遥は続けた。


「あなたは“この世界の魂”じゃない。

役目も、本来はない。

だから……一緒に帰ろう?

私と“あの世界”へ」


湊の心臓が止まったように感じた。


遥と帰る。


前世に帰る。


この世界で得たものを置いて。


リィナもユイナも——すべて置いて。


遥は微笑む。


「あなたがいない世界は、私……寂しいよ」


その声音は残酷なほど優しかった。


湊の胸の奥で、

なにか大きな“選択”の扉が、

静かに軋みを上げて開こうとしていた。

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