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世界が終わる日、きみが微笑むなら  作者: 坂元たつま


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第一章  23話 境界に触れた指先

 灰の降る夜は、いつもより静かだった。

 風すら止まり、世界が息を潜めるような沈黙が広がっている。


 湊、リィナ、それにユイナは、旧境界区の高台に立っていた。

 境界へと続く「封柱」。人と天環の世界を繋ぎ、そして隔ててきた巨大な柱が、いまはひび割れ、淡い光を放っている。


 その光は美しい――だが、同時に、どこかで世界の終わりを告げる鐘の音のようだった。


「……ひびが増えてる」


 リィナが呟く声は、いつものような軽さがない。

 真剣で、震えていて、押し殺した焦りが滲んでいた。


 湊も息を飲む。光の漏れ方が以前と全く違っていた。


「封柱が……“内側から”押されてる?」


「そう。境界の向こうで、何かが動いてる。

 しかも……普通じゃない。“力の流れ”が、歪んでる」


 リィナの表情からは余裕が完全に消えていた。

 それは――彼女が“本当にまずい時”にだけ見せる顔。


 そして。


「……ねぇ、湊」


 ユイナが袖をつまんだ。


 その指が冷たく震えているのに、湊はすぐ気づいた。


「どうした?」


「ここに来てから、胸の奥がずっとざわざわして……変なの。誰かが……」


 言葉を探すように、ユイナの視線が彷徨う。


「――誰かが、私の名前を呼んでる」


 湊とリィナが同時に息を呑んだ。


 


■境界に触れる記憶の声


「ユイナ、それって……夢で聞いたって声と同じ?」

 リィナが問いかける。


「うん……。でも、今日はもっとはっきりしてる。

 まるで……ここにいる私を引っ張ろうとしてるみたい」


 ユイナの瞳は揺れていた。怖さと懐かしさが入り混じる、複雑な色。


「境界の向こうに……“もうひとりの私がいる”って、そんな気がして」


「……!」


 湊の喉がひりつく。


 あの夢。

 あの光。

 あの声。


 ユイナの“記憶”と“力”は、まだ断片的だ。

 そこに存在しているはずなのに、手を伸ばすと霧のように消えていく。


 でも、確かに誰かが呼んでいる。


(ユイナ……)


 あの声は、まるで彼女自身のようだった。


 


■境界の歪み


 その瞬間だった。

 封柱の中央に走るひびが、ぱん、と乾いた音を立てた。


 光が漏れ、周囲の空気がぐにゃりと歪む。


「まずい、また境界が揺れる!」

 リィナが叫ぶのと、ほぼ同時。


 地平線の向こうから黒い影が押し寄せてきた。


 形の定まらない“影の魔獣”。

 本来なら完全な姿に至らないはずのものが、次々と世界へ入り込んでくる。


「くそ……! またかよ!」


 湊は剣を抜いて前に出た。


 だが――。


 斬りつけても、感触は薄い。

 音も出ない。

 霧を裂いているような虚しさだけが手に残る。


「こいつら……なんなんだ……?」


「向こう側の“残滓”。境界が壊れかけてるせいで、存在がこっちに溢れてるのよ!」

 リィナの声が震える。


 影は弱い。それ自体は脅威ではない。


 だが――数が終わりなく続く。


 封柱を囲むように、黒い形のない魔獣たちが蠢き、溢れ出していた。


 


■ユイナの覚醒


「湊――退いて!」


 ユイナの声が響くと同時に、光の矢が空を裂いた。


 影の魔獣を貫き、破片すら残さず消し飛ばす。


「ユイナ!?」


 湊が振り返ると、ユイナの周囲に淡い光の粒が浮かんでいた。


 あれは――覚醒の兆候。


「大丈夫。もう、逃げない」

 ユイナは微笑む。涙の跡を残したまま、強い目で。


「私……知りたいの。本当は誰で、何を守ろうとしていたのか」


 その言葉には震えも、迷いもない。

 ただ、真っ直ぐな願いだけがあった。


「思い出すのが怖い。でも、思い出さなきゃ前に進めない。

 ……湊と一緒にいるために」


 湊は胸が熱くなるのを感じた。


「ユイナ……」


 影の群れが再び迫る。

 湊は剣を握り直した。


「行くぞ、ユイナ!」


「うん!」


 二人の動きは、これまで以上に息が合っていた。

 湊が斬り、ユイナが光で貫く。

 互いの背中を守りながら、少しずつ影を後退させていく。


 だが――その時だった。


 


■世界を割る光


 封柱の内側から、轟音が響いた。


 巨大な光柱が空に向かって伸び上がり、世界全体が揺れる。


「封柱が限界を迎えてる……!」

 リィナが青ざめる。


「このままじゃ境界が……!」


 光は、もはや柱を越えて空へ溢れ出ていた。

 世界の布が無理やり引き裂かれるような、異様な音が響く。


 そして、その光が――ユイナの身体に触れた。


「……っ!」


 ユイナの目が大きく開く。


 湊が駆け寄る。


「ユイナ!?」


「だめ……引っ張られてる……!」


 彼女の身体が薄く透ける。

 境界の向こう側へ、引き寄せられている。


(こっちへ……戻ってきて……)


 あの声が聞こえた。はっきりと。


 誰かが、ユイナを呼ぶ。


 それは、彼女と同じ声で――

 しかし、優しく、そして強い。


 


■闇と光の間で


「ユイナ! 手を出せ!」


 湊は開かれゆく光の裂け目へ飛び込み、彼女の手を掴んだ。


 ユイナの指先は震え、冷たく、今にも消えそうだった。


「湊……!」


「離すわけねぇだろ……!

 境界がどうなろうが、世界がどうなろうが、お前だけは絶対に守る!」


 湊の叫びは、本気だった。

 声が震えても、腕が裂けても構わない。


「助ける……! 絶対に!」


 ユイナの瞳に涙が浮かぶ。


「……湊。ありがとう。

 でも、私――行かなくちゃいけない」


「何言ってんだ! ユイナ!」


「向こうにいるの……“もうひとりの私”。

 本当の記憶を握ってるの。

 このままじゃ、世界がまた壊れちゃう……。

 だから――」


 境界の光がさらに強くなる。


「私は、行く。湊がいる世界を……守るために」


「ユイナ!!」


 湊が引き寄せようとしても、光がそれを拒むように弾く。


 ユイナはかすかに笑った。


「ねぇ、湊。もし世界が終わる日が来ても――」


 声が消えかけている。


「きみが笑ってくれるなら……私は、それだけで……」


「待て! ユイナ!!」


 彼女は微笑んだまま、光の中へと吸い込まれた。


 その姿が消える直前。


ユイナは確かに言った。


「また会えるよ、湊――必ず」


 光が弾け、音が消えた。


 


■残された二人


 灰が舞い落ちる。

 封柱は亀裂の奥で、まだかすかに脈動していた。


 だがユイナはいない。


 湊は膝から崩れ落ちた。


「……ユイナ……」


 胸の奥にぽっかり穴が空いたようだった。

 失ったわけではない。

 だが、届かない場所へ行ってしまった。


 隣でリィナが、苦しそうに呟く。


「……ユイナは、“世界の鍵”として覚醒したのよ。

 境界を開きも閉じもできる、唯一の存在……。

 だから、向こう側が求めたの」


 湊は拳を握りしめた。


「……なら、行くしかねぇだろ。向こう側へ」


 リィナが目を見開く。


「危険すぎるわよ。あそこは……!」


「わかってる。でも、行くしかない。

 ユイナを取り戻し、世界を守るために」


 湊は立ち上がった。


 灰の空を見上げ、強く誓う。


「絶対に迎えに行く。ユイナ……待ってろ」


 風が吹き、灰が流れた。


 そして――

 世界の運命は、静かに次の段階へと動き始めた。

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