第一章 二十二話 選択の刃
白と黒が混ざり合う戦場で、世界そのものが悲鳴をあげていた。
空には裂け目。
そこから絶え間なく零れ落ちる黒い影――《絶望の欠片》。
大地は白い光に侵食され、ところどころが崩れ落ちている。
この空間は“現実”でも“記憶”でもない。
世界の境界そのものだった。
「湊……!」
「大丈夫だ、ユイナ!」
湊は光の刃を纏い、迫りくる黒い影を斬り払った。
斬った端から影は分裂し、数を増やす。
「しつこい連中だな……!」
湊の呼吸が荒れる。
十九話、二十話で開花した四つの輪の力は強大だが、
その分、消耗が激しい。
背後でリィナが祈りを紡ぐ。
「祈りの障壁を維持します……! 湊さん、下がらないで!」
「任せろ」
短いやり取りでも、湊は安心する。
二人の祈りが背中を支えてくれる感覚がある。
だが――世界はそれを許さない。
◇ ◆ ◇
「なぜだ……なぜ三人で立とうとする?」
黒い使徒が呟く。
その声は静かで、しかし底に深い痛みを含んでいた。
「勇者と巫女は、世界を守るためだけの存在。
愛し合えば、必ず破綻する。
それを、どれだけ繰り返し見たと思う?」
黒い槍が放たれる。
ユイナが前に出る。
「リィナ、重ねるよ!」
「はい!」
二人の祈りが一つになり、光の盾が湧き上がる。
槍は盾を軋ませながら押した。
「くっ……!」
ユイナの額に汗が浮く。
リィナの足元の光陣が震え始める。
その瞬間、湊が二人の間に飛び込む。
「守る――!」
湊の剣が光り、槍を跳ね返した。
衝撃で地面が砕け、粉塵が舞う。
湊は振り返り、二人の肩に手を置いた。
「二人とも、ありがとう。
でもこれ以上は俺が前に立つ」
ユイナの胸が痛む。
「湊……私だって戦えるよ。怖くなんか――」
「怖いんだろ?」
ユイナは言葉に詰まる。
確かに、怖い。
湊が傷つくことが何より怖い。
その怖さを、湊は優しく言い当てていた。
「無理して前に出る必要なんてない。
俺たちは三人で戦うんだ」
ユイナの目に涙が浮かぶ。
(湊……
どうしてこんなに優しいの……?
優しいから、もっと不安になる)
視線が自然とリィナの方へ向く。
リィナは湊を見つめる一途な瞳。
その目を見ているだけで胸が締めつけられる。
(私、負けたくない……)
◇ ◆ ◇
一方、黒い使徒は彼らを静かに見つめ続けていた。
「理解できない……
なぜお前たちは、互いのために力を使う?」
「理由なんかひとつだ」
湊は剣を構える。
「大切なんだよ。
この二人が」
黒い使徒の瞳が微かに揺れる。
「大切……?
それは呪いだ。
大切だからこそ、守れなかった時、破滅する。
俺はそれを知っている」
「知ってるなら――背を向けるんじゃなくて、救えばいいだろ!」
「救えなかったんだ……俺は……」
黒い使徒の声はかすれる。
その姿が一瞬、勇者のように見えた。
その隙を逃さず、リィナが叫ぶ。
「あなたは……今も愛しているんでしょう?
巫女を……!」
黒い使徒の表情が凍りつく。
「黙れ……!」
闇が爆発した。
黒い嵐が吹き荒れ、空間がひび割れ、
湊たちの足元が崩れ始める。
「くっ……!」
湊がユイナとリィナを抱きよせ、飛び退く。
だが、黒い使徒は静かに手を振った。
「見せてやる。
俺が愛を選んだ――その“結果”を」
◇ ◆ ◇
世界が歪み、景色が一変した。
それは――かつての王都。
晴れた日。
穏やかな風。
人々の笑顔。
そして――中央に立つ二人の巫女。
その隣に、剣を下ろした一人の男。
「これって……」
ユイナが息を呑む。
「初代の……?」
そうだ。
これは初代勇者の記憶。
彼と、巫女たちが最後に笑っていた日の記録。
「この日は……幸せだった。
世界がどう言おうと、三人で未来を作れると思った」
黒い使徒の声が震える。
「だが――翌日、光の巫女が殺された」
景色が変わる。
血まみれの巫女。
崩れ落ちる勇者。
泣き叫ぶ闇の巫女。
世界が震え、色を失っていく。
「原因は……俺だ。
勇者が巫女を愛してはならない――
世界がそれを“修正した”」
「そんなの……!」
ユイナが震える。
「そんなの……世界の都合じゃない!
愛を罰するなんて、間違ってる!」
「間違ってるさ。
だが世界は冷酷だ。
だから俺は、世界を否定した」
黒い使徒は湊をまっすぐに見据える。
「そして……
お前も同じ苦しみを味わう」
◇ ◆ ◇
「絶対に味わわない!」
湊は地を蹴り、黒い使徒へ突進する。
黒い使徒は槍を構える。
二つの刃が激突し、火花が散った。
互いに押しあい、激しく火花を散らす。
「お前には無理だ……!
世界は愛を許さない!」
「許さないなら――
俺が世界を変える!」
湊が剣を振りぬく。
黒い使徒の外套が裂け、中から光のような欠片が散った。
まるで心の奥の破片のように。
黒い使徒が初めて大きく後退する。
「なぜ……そこまで……!
救おうとする!」
「救いたいからだ!
ユイナも……
リィナも……
そして――お前も!」
黒い使徒の目が大きく見開かれた。
その瞳には、わずかに――涙が浮かんでいた。
「俺を……救うだと……?」
「当たり前だろ!」
湊は叫ぶ。
「お前は俺なんだ!
俺が見捨てたら、誰が救うんだよ!」
黒い使徒の身体を、光が包む。
崩れかけた世界の境界が震えた。
◇ ◆ ◇
その光景を遠くで見ていたユイナとリィナ。
胸の奥に強い衝動が生まれていた。
ユイナは拳を握る。
(湊……私は、あなたを……絶対守りたい)
リィナは胸に手を当てる。
(湊さん……あなたが悲しむ未来なんて、いらない)
二人の祈りの色が変わった。
ユイナの光は“純白”から“金色”へ。
リィナの光は“蒼”から“深紅”へ。
彼女たちの隠された力――
巫女の“真の祈り”が目覚めようとしていた。
「湊……行こう。
三人で、終わらせるんだ……!」
二人は光を湊へと放つ。
湊の身体が新たな輝きに包まれた。
「これが……巫女の真の力……!?」
黒い使徒が驚愕する。
湊は剣を構え、世界の裂け目へと進んだ。
「黒い使徒――初代勇者。
お前の絶望は、俺が終わらせる!」
光と闇が再びぶつかる。
空間が砕け、世界の境界が悲鳴をあげた。
その刹那――
黒い使徒の胸に、一筋の涙が流れた。
それは絶望の涙ではない。
救われたいと願う、弱い涙だった。




