第一章 二十話 禁じられた真実の扉
王城の奥深く。
玉座の裏に隠された階段は、息を呑むほど長かった。
灯りはない。
足音だけが冷たい石壁に反響する。
「本当に……この下に答えが?」
ユイナが震える声で言う。
「ある。ここは王家が代々封じてきた場所だ」
アルメリアは迷いなく進む。
湊は二人の少し先を歩き、剣の柄に触れたまま警戒していた。
(どんな真実でも受け止める。
俺が選んだ道だから)
だが胸の奥は落ち着かない。
黒い使徒の言葉が脳裏にこびりついていた。
『愛は不平等だ。必ず誰かが傷つく』
(そんなの……認めない)
強く奥歯を噛み、闇の先を見据える。
⸻
やがて階段の終わりが見えた。
広い地下聖堂のような場所に出る。
中央には巨大な石碑。
その周りを光と闇の紋様が取り巻いていた。
「ここが……世界創世の間……」
アルメリアが呟く。
リィナは涙ぐんだように息を呑む。
「これ……巫女の祈りを象徴してる……」
「むしろ……封印してるように見える」
湊は石碑に触れた。
すると――
石碑全体がぼんやりと光った。
天井に刻まれた魔法陣が回転し、
――映像が浮かび上がった。
⸻
それは、遥か昔の記憶。
世界が生まれた瞬間だった。
光から《生の巫女》。
闇から《死の巫女》。
そして――人々を繋ぐ《勇者》。
「三つの祈りが揃うことで……世界は均衡を保つ……」
リィナが震えながら言う。
次の瞬間。
《初代勇者ミナト》が二人の巫女の間に立ち――
一方に手を伸ばした。
選ばれなかった巫女は絶望に染まり、闇へ堕ち――
「黒い祈り」となって世界を侵食した。
「やっぱり……勇者の選択が……世界を壊した」
ユイナの声は震えていた。
「違う」
湊は首を振る。
「間違ったのは“世界”だ。
選ばれなかった想いを、闇として捨てた」
映像は次の真実を映し出す。
初代勇者が泣き崩れた死の巫女に手を伸ばそうとすると――
『勇者は巫女を愛してはならない』
天の声が彼を戒めた。
だが初代勇者は抗った。
その瞬間――
黒い祈りが彼を飲み込み、絶望の化身へ変わっていった。
「まさか……」
アルメリアが唇を震わせる。
「黒い使徒は……初代勇者の成れの果て……?」
湊は拳を握りしめた。
(あれが、俺の始まり……?)
映像はさらに続く。
二人の巫女は、勇者を救うため――
自らの記憶を削り、転生を繰り返すことを選んだ。
“次こそ三人一緒に生きられる未来を”
その願いが、祈りとなった。
湊たち三人は、言葉を失った。
⸻
「湊……」
ユイナが涙をこぼす。
「じゃあ……私たちは……
幸せになるために生まれ変わったのに……
ずっと苦しんできたの……?」
その声は、嗚咽に近かった。
湊はユイナを抱き寄せる。
「これから取り戻す。
今度こそ、二人を笑わせる」
ユイナの肩が震える。
リィナも胸を押さえ、静かに涙を流した。
(湊さん……
あなたがいてくれたから、私は生き返れた)
だが――その感情は複雑だ。
(でも……湊さんがユイナさんを抱きしめた時……
胸が苦しくなる)
それが嫉妬だと、ようやく気づいた。
⸻
その時。
「素敵だな。
泣きながら誓う愛ほど、醜く、美しいものはない」
黒い霧が湧き立ち、
黒い使徒が姿を現した。
「貴様……!」
「真実を見た感想はどうだ?勇者よ」
「全部救う。それだけだ」
「なら見せてやろう」
黒い使徒が手を振ると――
闇が渦巻き、
初代勇者の像が浮かび上がった。
「俺の過去を……見せたいのか」
「違う。
お前の《未来》だ」
初代勇者が涙を流し、
血に塗れた巫女の死体を抱きしめている映像。
『二人とも救うなんて、できるはずがない』
「その結末を変えたいなら――証明しろ」
黒い槍が湊へ迫る。
「湊!!!」
ユイナが光の障壁を張る。
リィナが祈りを重ねて支える。
だが、槍は障壁を簡単に砕いた。
「クッ……!」
湊は剣を振る。
ギリギリで受け止めるが、腕が痺れる。
黒い使徒が嘲笑う。
「勇者が巫女を救えば、世界は崩れる。
お前が戦うほど、二人は傷つく」
「黙れ……」
湊の声が低く響く。
「俺の選択に……
世界が口を出すな!!!」
刻印が燃える。
四つの輪が激しく回転し、眩い光が溢れる。
黒い霧が押し返される。
黒い使徒は初めて、怒りを露にした。
「その力……世界の枠を超えるつもりか……!」
「超える。
この手を、離さないために」
湊が叫ぶ。
「ユイナ、リィナ――俺に祈りを!」
二人は涙を拭い、手を重ねる。
「湊を……守りたい!」
ユイナが祈る。
「湊さんと生きたい!」
リィナも祈る。
三人の祈りが重なり――
光が渦を巻く。
黒い使徒の外套がはためき、顔が苦悶に歪む。
「やはり……!
愛は……世界の最強の祈りだ……!」
その言葉は皮肉か、称賛か。
黒い使徒の姿が、闇へと消えた。
「逃げたか……」
湊は大きく息を吐いた。
⸻
静寂が訪れる。
アルメリアがゆっくりと歩み寄る。
「湊……強くなったね」
「まだ足りないよ」
「そうね……
でも――少し、羨ましかった」
その声には、悲しさも優しさも混じっていた。
「私もいつか……
本当に誰かのために泣ける日が来るのかな」
その時――
ユイナが湊の腕を、ぎゅっと掴んだ。
「湊は……私のものだよ」
リィナの表情が強張る。
「ユイナさん……?」
「譲らない。
リィナにも、誰にも」
言葉とは裏腹に、ユイナの瞳には涙。
(奪われたくない……
湊が誰かに向ける優しさが、怖い)
湊はその感情を、しっかり受け止めた。
「俺は――」
言いかけたその瞬間。
石碑が激しく脈打ち始めた。
地面が揺れ、黒い光が溢れ出す。
「まだ終わりじゃない。
始まったばかりだ」
アルメリアが剣を構える。
湊はユイナとリィナの手を握った。
「行こう。必ず救う。
三人で未来を選ぶんだ」
二人は涙を拭き、力強く頷いた。
黒い亀裂が開いていく。
その奥には――運命の核心。
湊たちは闇の中へ踏み出した。




