第一章 十七話 勇者の原罪
音が消えた。
衝突した光と闇の余波が大地を砕き、
森を裂き、時間すら止めたかのようだった。
(また……闇の中か)
湊は覚えていた。
何度も落ちた、底のない暗闇。
だが、今回は違った。
足元に“地面”があった。
(ここは……どこだ)
視界はぼやけている。
けれど、少しずつ色が戻っていく。
気づくとそこは――
見渡す限り、白い世界。
仄暗い霧の中に、扉だけがぽつんと立っていた。
(こんな場所……知らない)
いや。
心の奥がざわつく。
(でも……どこかで)
「湊」
その声で、世界のすべてが変わった。
湊が顔を上げる。
そこに立っていたのは――
自分だった。
だが、髪は銀に近い白。
瞳は深い蒼。
背には黒い翼が広がっていた。
「お前は……誰だ」
「俺はお前の“始まり”。
初代勇者――ミナトだ」
湊の喉が震えた。
(俺の……前世?)
「ここはお前の記憶の底だ。
ずっと封じてきた真実の場所」
白い世界に、無数の黒い花弁が舞った。
「湊。
なぜ勇者が選ばれたのか、知りたいか?」
湊は拳を握りしめる。
「知りたい。
俺は何をしてきた?
何を間違えた?」
初代ミナトは、あざ笑うこともなく、静かに言った。
「お前は間違えたことなどない」
「……じゃあ――」
「だが俺は間違えた。
そしてその罪を、今も世界が償っている」
白い世界に、ひびが走る。
「巫女は一人なんかじゃなかった。
この世界には“二つの祈り”が必要だった」
「二つの……祈り」
湊の脳裏に、ユイナとリィナの姿がよぎる。
「あの二人はな……
最初から“対になる巫女”として生まれた」
「対に……?」
初代ミナトは、天を見上げた。
「一人は“生”を祈り、一人は“死”を祈る。
二つが揃って初めて世界は保たれる」
「じゃあ……なぜ今は――」
「俺が片方を壊したからだ」
湊の息が止まる。
「愛してしまったんだ。
片方の巫女だけを」
世界の色がどす黒く歪む。
「俺は彼女を選んだ。
そしてもう一人を――殺した」
その言葉は、刃のように鋭く湊の心を抉った。
(俺は……この人と同じ……)
「結果、祈りは一つになった。
世界は歪み、崩壊した。
だから俺は願った」
初代ミナトは湊を真っ直ぐに見た。
「次の俺こそは、二人を救ってくれると」
「次の俺……」
「お前だ。湊」
世界が蠢き、黒い影が湧き上がる。
「だが……運命は残酷だ。
勇者が巫女を愛すれば、
選ばれなかった巫女は必ず死ぬ」
(そんな運命……知らない)
「お前は“二つの祈り”に同時に手を伸ばしている。
それは――世界にとって許されない選択だ」
「だから世界は……俺たちを壊しに来るのか」
「そうだ。
勇者は巫女を壊す存在として世界に刻まれている」
「違う……俺は……」
湊は否定したいのに、声が震えた。
「何度も転生してもなお、
お前は二人を選ぼうとする」
「だったら……それが答えなんじゃないのか?」
初代ミナトの瞳が、揺れる。
「俺はもう間違わない。
何度転んでも、何度死んでも
二人を救う方法を探す」
「救える保証は?
また失うかもしれない」
「失う前に救う。
それだけの話だ」
湊の声が世界を震わせた。
「俺は……二人が笑ってくれる未来を選ぶ!!!」
その瞬間。
刻印が燃えるように輝いた。
三つの輪が――四つに増えた。
「……四つの輪だと?」
初代ミナトが目を見開く。
「そんな刻印……見たことがない」
「新しい“祈り”が生まれたからだ」
湊は確信していた。
「俺たちは三人で祈る。
生と死、そして――
“未来”の祈りで世界を支える」
「未来……?」
初代ミナトの声がわずかに震える。
「そうすれば、誰も死なせない。
二人を救える。
絶対に」
湊の手が初代ミナトの肩を掴む。
「だから――
もう自分を責めるな」
初代ミナトは、驚いたように湊を見つめた。
そして、ゆっくりと笑った。
「お前は……俺の誇りだ」
その言葉と共に、白い世界が眩しく光り始める。
「行け。今度こそ、運命を変えろ」
「当然だ」
湊は踵を返し――走り出した。
⸻
光が弾ける。
⸻
「……湊?」
目を開いた湊の隣には
涙でぐしゃぐしゃの顔のユイナがいた。
「死んじゃったかと思った……」
「ごめん、遅くなった」
湊はユイナの手を握る。
リィナも駆け寄る。
「湊さん……!
良かった……生きて……!」
その声だけで、強くなれる。
「湊……」
低い声が響く。
アルメリアが傷だらけで立っていた。
「なぜ……まだ立ち向かえるの……?」
湊は迷いなく答えた。
「お前も救うためだ」
「……っ」
「俺は、もう間違えない。
二人も、世界も、過去の俺すらも――
全部救ってみせる」
光が湊の刻印から溢れ、
三人を包む。
「未来の祈りが、ここから始まる」
湊は宣言した。
「この世界が終わる日、
きみたちが微笑むなら――
それでいい」
アルメリアの瞳が揺れた。
泣きそうなほど、優しく。




