第一章 十六話 黒い祈りの目覚め
夜の静寂は深く、焚き火の炎はかすかに揺れていた。
三人の誓いが結ばれたその直後。
「……風が、変わりました」
リィナが耳を澄ませる。
空気の温度が少しずつ下がり、森にざわめきが走った。
ユイナも、怯えたように湊の手を握る。
「何か……来る」
湊は剣に手を伸ばし、立ち上がった。
(さっそくかよ……)
世界を敵に回すと決めた途端にこれだ。
だが、迷いはない。
「湊さん、後ろ!」
リィナの叫び。
湊が振り返った瞬間。
黒い霧が渦巻き、一人の女が姿を現した。
「アルメリア……!」
禍々しい黒巫女服。
血のように赤い瞳。
さっきの戦いで傷ついたはずなのに
その力はさらに濃く、深く。
「あなたたちは“選ばれる資格”なんてない」
彼女の声は氷のように冷たく響く。
「勇者は巫女を一人選ぶ。
二人を選べば、世界は崩壊する」
「そんな理は、俺が壊す」
湊の言葉に、アルメリアの表情が歪む。
「……だから、罪人なのよ」
その一言に、湊の心臓が強く脈を打つ。
「巫女を二人も愛した罪。
あなたは世界を二度、壊そうとしてる」
「二度……?」
湊の喉が詰まる。
「前の世界でも、あなたは巫女を壊した。
祈りを拒絶し、その心を殺したの」
(前の世界……)
(俺は……何をしたんだ)
「違う!!!」
ユイナが叫び、涙を浮かべる。
「湊は……そんな人じゃない!!」
「それは今のあなたが知らないだけよ」
アルメリアは冷たく言い放つ。
「あなたたちが出会う前――
二つの祈りを奪い合い、
世界は崩壊したの」
リィナの肩が震える。
「私は……知ってる……」
「リィナ?」
湊が声をかけると、少女は瞳を伏せた。
長いまつ毛の影が頬に落ちる。
「前に……夢を見たんです。
血と……灰と……
湊さんの手が、私の喉を――」
言葉が震え、途切れた。
ユイナが両手で口を押さえる。
信じたくない真実を前に、呼吸が苦しそうだ。
「湊が……私たちを? そんな……」
「思い出しなさい、巫女」
アルメリアはユイナを指差した。
「あなたも見たはず。
自分が“勇者に殺される瞬間”を」
ユイナの全身に電流が走ったように見えた。
「いや……知らない……そんな……」
「思い出せないだけよ。
記憶を封じられたから」
(封じられた……?)
(誰が……)
「もうやめろ」
湊の声は、怒りだけではなかった。
恐怖と、自分への嫌悪が混ざっていた。
「俺は……そんなこと、しない」
「今は、ね」
アルメリアは艶めいた残酷な笑みを浮かべた。
「でもいずれ、あなたは
選ばなかった巫女を殺すわ」
「そんな未来、認めない!」
湊が踏み込んだ瞬間。
アルメリアの瞳が、深い哀しみを帯びた。
「認めるしかないのよ。
私は……あなたに殺された巫女なんだから」
息が止まった。
「……なに?」
「だから……私は祈った。
もう一度、あなたに会いたいと」
黒い霧がアルメリアの足元から溢れ出す。
「あなたが誰を選ぶのか……この目で見届けるために」
湊の背筋に氷の刃が突き刺さる。
(俺が……この子を……)
アルメリアが叫び声を上げる。
「祈りを返して、勇者ァァァァアア!!!!」
黒い大鎌が闇を裂く。
湊は剣で受け止めようとするが――
「湊さん、離れて!」
リィナが光の障壁を展開し、攻撃を反射した。
「きゃあ!」
リィナが弾かれ、地面に倒れる。
「リィナ!!」
追撃が迫る。
湊が割って入り、剣を構えた。
「ユイナ! リィナを守れ!」
「うん……!」
ユイナが湊の背後に立ち、緊張で唇を噛む。
「邪魔しないで……
勇者は私だけを見ればいいのよ!!」
「違う!!」
湊は剣を振るい、黒い刃を弾く。
「俺は三人で生きる未来を選ぶ!!」
「存在しない未来よ!!!」
闇が暴風となって吹き荒れる。
(押し込まれる……!)
そこで、ユイナが強く祈った。
「光の女神よ……私たちに、道を!」
白い結界が広がり、黒い霧を押し返し始める。
「そんな祈り、無駄よ」
アルメリアは冷たく笑った。
「だって――私は“巫女殺し”の力を持ってるから」
黒い魔法陣が展開される。
その瞬間。
ユイナが胸を押さえて倒れ込んだ。
「ユイナ!!」
(祈りが……壊されている!?)
「巫女は一人でいい。
祈りが二つ……重なれば壊れる」
アルメリアの声が静かに震えている。
「そうやって……私たちは争わされてきたの」
「勇者の愛を奪い合って……」
「そして……殺し合った」
涙が一滴、彼女の頬を伝う。
「こんな世界……救われる必要なんて……ない」
大鎌がユイナに向けられる。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!!」
湊の叫びが世界を揺らす。
紋章が爆発的な光を放つ。
三つの輪が重なり、
光と闇が激突する。
神殿の柱が砕け、森が震えた。
激光の中で、湊は確かに見た。
今にも崩れそうなアルメリアの表情を――
(助けて……)
そんな声が聞こえた気がした。
⸻
爆発音。
地面が激しく揺れる。
湊の視界がぐらりと揺れ、暗闇が押し寄せた。
(また……闇かよ……)
意識が沈む。
でも――手は離さない。
(俺は……三人を……)
守る。
絶対に。




