第一章 十五話 選ばれし罪と、誓いの夜
爆ぜる光が世界を塗りつぶす。
耳鳴りだけが残り、何も見えない。
けれど湊の手には、二人の温もりがしっかりとあった。
(離すもんか。絶対に――)
世界がひっくり返る錯覚。
重力も、空気も、何一つ確かじゃない。
意識を失ったのは、ほんの数秒だったのかもしれない。
気づくと、夜の静寂がそこにあった。
⸻
「……ここは?」
天井に星が瞬いている。
深い森の奥に作られた古い神殿。
焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れている。
湊はゆっくり身を起こす。
すぐ横には、ユイナが眠っていた。
その向こうには、リィナの姿もある。
二人とも安らかな寝息を立てている。
(守れた……のか?)
胸に安堵が満ちた瞬間、背筋に寒気が走った。
「……勇者」
炎の向こう。
黒鎧の男が座っていた。
兜を外し、素顔があらわになっている。
鋭い眼差し。
深い傷跡。
そして……どこか、見覚えがある。
「お前は――」
「名を“カイン”という。
この世界を守るため、巫女と勇者を導く者だ」
その肩には、かつての栄光が刻まれた紋章。
それが何を意味するか、湊には理解できなかった。
「さっきの戦い……あれは何だった?」
「お前が“選ばれない未来”を弾き返した結果だ」
「選ばれない……?」
「巫女は一人。
それが、この世界の理。
勇者は“巫女を一人だけ”愛すればいい」
「そんなの……」
湊は唇を噛む。
「俺は二人とも――」
愛している、と声にした瞬間。
世界そのものが敵になる。
アルメリアが言った通りだ。
「お前が二人を選んだ瞬間、この世界は崩壊の道を進む」
「……ふざけるな。
俺は、二人を傷つけたくないだけだ」
「ならば、どちらかを捨てろ。
それが勇者の役目だ」
焚き火が小さく弾けた。
「……聞かせてくれ」
「何だ」
「俺が……勇者に選ばれた理由を」
カインは静かに立ち上がる。
夜風が鎧を鳴らす。
「勇者とは、罪人の証だ」
夜が止まったかのように、言葉が重く響いた。
「罪……?」
「勇者はかつて、世界を滅ぼした存在。
巫女の祈りを拒み、愛した巫女を壊した。
そして世界を崩壊へと導いた」
(俺が……?)
「お前は転生したのではない。
ここに戻ってきたのだ」
カインの声が、湊の心臓を掴む。
「記憶を奪われ、“勇者の罪”を清算するためにな」
息が詰まる。
何も言えなくなる。
(じゃあ俺は……)
(世界を壊した……張本人……?)
その瞬間。
「違う!!」
鋭い声が闇を裂いた。
リィナが飛び起きていた。
涙をはらんだ目で、カインを見据える。
「湊さんは、誰も壊さない!
私も……ユイナ様も……絶対に!」
「リィナ……」
湊の胸に、少し温度が戻る。
カインは、わずかに目を細めた。
「言葉ではどうとでも言える。
だがこの先、お前の選択がこの世界の命運を左右する」
湊に歩み寄り、肩に手を置く。
「勇者よ。
巫女を守ると決めたなら、罪を自覚しろ。
そして――裁きを受ける覚悟を持て」
そう言って、男は森の闇へと溶けていった。
⸻
静寂が戻る。
リィナが湊の肩に身を預けた。
「怖いですか……?」
「……少しな」
「湊さんは、優しすぎるんです。
全部背負おうとするから……」
彼女の指先が震えている。
「私……湊さんに生かされた命です。
もう一度、あなたと出会うために生きてきたんです」
(もう一度……?)
「何か知ってるのか?」
問いかけようとしたとき――
「湊……」
弱々しい声が背後から。
ユイナが身を起こし、涙を浮かべていた。
「置いて行かないで……」
その瞳は、深い不安と独りの恐怖に濡れている。
「怖かった……湊がいなくなるのが……
お願い、私を、見捨てないで……」
湊はユイナの手を取る。
「見捨てない。
絶対に」
強い声で言い切ると、ユイナは安堵に泣いた。
「湊……大好き……」
幼子のように、湊の胸に抱きついてくる。
湊の鼓動が速くなる。
(俺は……どうすれば)
右手にはユイナ。
左手にはリィナ。
二人は、湊の世界そのものだ。
だからこそ――
(俺が選べば、どちらかを壊す)
(俺が愛せば、世界が壊れる)
残酷すぎる理だ。
だが――
(それでも二人を守る)
湊は決意とともに息を吸った。
「聞いてくれ。
俺は……どんな罪でも背負う。
世界を敵に回したって構わない」
二人の手を包み込む。
「だから、俺と一緒にいてくれ。
これから先、何が起きても」
ユイナは泣きながら微笑む。
「うん……ずっと一緒に……生きる」
リィナも静かに頷いた。
「はい。湊さんと、ユイナ様と。
最後まで、共に」
三人の手が重なる。
その瞬間、湊の刻印が淡く輝いた。
三つの輪が、重なり、結ばれる。
焚き火の炎が高く揺れた。
(俺たちの未来は……俺が切り拓く)
夜空へ誓いを叩きつける。
「この世界が終わろうとも――
きみたちが微笑むなら、それでいい」
星が一つ、流れた。




