第一話:まるの逃亡
天気のいい土曜日の朝。
休日だ。
家族はまだ寝ている。
飼い主はいつも通り起きる。
柴犬の「まるまり」──通称「まる」の散歩があるからだ。
飼い主は眠い目をこすりながら散歩の準備をした。
まるの様子を見る。
まだ寝ている。
タオルケットからおしりだけ出して寝ている。
これがまたかわいい。
準備ができるまで寝かせておこう。
まるは家の中で飼っている。
外だとすぐ逃げるから。
しばらくして、準備ができた。
「まるー散歩だぞー」
飼い主がまるの寝床をのぞく。
いない。
さっきまで寝てたはずなのに!
「くっ……!また逃げたか!」
慌てて探す飼い主。
テーブルの下、キッチン、洗面所……いない。
ふと見ると、玄関の扉が開いている。
「外か……道路に出てないといいけど」
家のまわりを探してみる。
玄関、植え込み、物置小屋……。
「おや?」
物置小屋の引き戸が少し開いている。
「ここか。まるー出ておいでー」
そっと戸を開ける。
すると──
小屋の中で、ゆらゆらと大きな光がゆらめいているではないか。
小屋に窓はない。朝日が入るわけがない。
そもそも、日の光の色ではない。
薄青いし。
例えて言うなら……破けた一反木綿。
「あれ……これって、異世界に行ける系のやつ?」
理解の早い飼い主。
まるは、この中に入っていったのだろうか?
飼い主は呼びかけてみた。
「まるー!いたら返事しろー!もしくは戻って来ーい!」
しかし、光はゆらゆらと揺れるだけで、まるの気配はしない。
まるはこの中にいるかもしれない。
しかし入りたくない。
飼い主は一度、家の中に戻った。
まるのおやつとおもちゃを持ってきた。
おもちゃの音を鳴らす。
「ぷぎゅぷぎゅ(おもちゃの音)」
「まるー。遊ぼー」
反応がない。
光の前におやつを置いてみる。
「まるー。ジャーキーだぞー」
しかし効果はない。
この得体のしれない光に飛び込むしかないのか?
「入りたくない……でも、まるが……」
戸惑う飼い主。
光にちょっと指先を触れてみる。
光が水面を打つように揺れる。
その時、一瞬だけ向こうの様子が光の中に映った。
とても立派な広間で、茶色いしっぽがフリフリと動いている。
「まる!まるだ!」
見慣れたしっぽ。
もう迷っている暇はない。
かわいいまるを取り戻すためだ。
飼い主は、光の中に飛び込んだ。
光は飼い主を包み込むと、ひときわ強く光り──
「っと、その前に」
光の中から出てきた飼い主。
「一応、家族が心配するといけないから、置手紙しておこう」
『逃げた柴犬が異世界に行ったようなので探しに行きます』
こうして、飼い主の冒険が始まる──!




