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転生モブ令嬢に悪役を演じさせたら

転生モブ令嬢に悪役を演じさせたら【Side.イザベル】

作者: 錆猫てん
掲載日:2025/10/25

「転生モブ令嬢に悪役を演じさせたら」の悪役令嬢イザベル視点のサイドストーリーです。


よろしくお願いします。

 ──また、同じ夢だ。


 いつも決まって、月のはじめ。


 私は誰もいない真っ白な講堂に立たされ、吊るし上げられるような視線を浴びている。


「イザベル・ロザリンド。あなたの罪は──!」


 怒号と、嘲笑と、薄い同情。


 冷たい光が照らすのは、ただ一人、断罪される私。

 ──その先に待つのは、婚約破棄、そして厳寒の修道院。


 凍てつく石の床。

 果てのない沈黙。


 そして、物語から“消える”未来。


 目を開けても、鼓膜に残るその声は、消えてくれない。

 最初はただの悪夢だと思っていた。けれど違う。


 これは“予告”だ。──この物語の、結末。


 悪役令嬢は、断罪される。

 それが“お約束”なのだと、私はもう理解してしまった。


 そんな不安を抱えて迎えた昼下がり。

 いつもと変わらぬ学園の廊下に──“異物”がいた。


 黒い、くたびれたスーツ。疲労が刻み込まれた眉間の皺。

 ──なのに、その輪郭はぼやけ、半透明。


 あれは、どう見ても“ここの人間”じゃない。


「……定型の断罪劇も飽きられてきたようだ……ギロチン案も……いや、流血はNG……」


 ぶつぶつと呟きながら、廊下をぐるぐる回るその姿は、まるで仕事に追われる役人のようだった。

 しかも、聞こえた。はっきりと。


「イザベルに……もっと悲運と悲劇を……」


 ──私の名前を。


 次の瞬間には、私はもう動いていた。


「少し、よろしいかしら。不審者の方?」


「!?」


 黒服が跳ねるように振り返る。だが遅い。逃がすわけがないでしょう?


 私はその首根っこを掴み、静かに──けれど確実に力をこめた。


「な、なぜ触れられる!? 見えないはずなのに!」


「あら、何を仰っているのかしら。

 少し──お話を伺いたいのですけれど?」


 にこりと微笑む。完璧に計算された「暗黒微笑」。

 この顔を見て逃げ出せた者は、今までいない。


「ヒィッ……!」


***


 ──話を聞けば、呆れるほど滅茶苦茶だった。


「この世界は神々に捧げる“物語”で……自分は管理者なんです……」


「管理者」


「ええ……定型の断罪劇が、最近あまり評判よくなくて……新しい刺激が必要というか……」


 神々──つまり“観客”が飽きると、物語は変えられる。

 そのために、悪役令嬢は、より残酷で、より悲劇的な結末を迎える。


 ──物語の“都合”で。


「なるほど。わたくしが見ていた悪夢は、実際に起きた出来事。

 そして、あなたたちはそれを何度も繰り返してきたと。」


「は、はは……そう……なります……」


 パチン、と扇が鳴った。


「いったぁッ!」


 彼の額に汗が滲む。


「誰が、足を崩していいと許可しましたか?」


「す、すみません!」


 わたくしは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 ──ああ、くだらない。


 神々の退屈しのぎに、わたくしの人生を弄ぶなんて。


(イザベルは無言で、自分の表情を鏡でチェックする。優雅な笑みを張り付けたまま、管理人をあらためて見据えた。)


「あなた。物語を、変えなさい。」


「ええっ!?」


「わたくし、断罪されたくありませんの。

 それに悪役令嬢なんて──負け役なんて──もっと嫌」


「で、でも……そんなことできないですよ!? 自分、ただの中間管理……」


「“でも”ではなく、“はい”ですわ。」


 わたくしが一歩詰めると、黒服──管理人は滝のような汗を流した。

 彼の肩が小刻みに震えている。


 その姿を見て、わたくしは確信する。

 この不審者──もとい、この“管理人”、本当に仕事ができないタイプのようね。


「わ、わかりました! 代役! 代役を立てます!」


「あら。そんなことができるの?」


「保険で……一人……地方貴族の三女が……」


「なら、そうなさい。

 ただし、あまり酷い結末は避けなさい。──よろしくて?」


「は、はい!」


 扇を顎に当て、わたくしは目を閉じて静かに思案する。


「ところで、あなたは何ができるのかしら?」


「えっ」


「代役でも物語を進められるということは、あなた、無能ではないのでしょう?」


「そ、そんな大したことは……」


「では、わたくしの姿を変えなさい。講師役なんてどうかしら?

 うふふ、代役を“上位貴族の令嬢”として育てて差し上げますわ。」


「え……いや……姿を変える……?」


「できるかできないか、ではないの。やるのよ?」


「……はあ」


 ため息をつく管理人の肩に、そっと──いや、容赦なく──パチンッ、と扇が響く。


 ──数日後


 私は学園の裏庭の温室を借り、代役候補と向き合っていた。


「キアさま、筋はよろしいですが、途中で気を抜かない!」


「で、でも……もう足がパンパンで……」


「上位貴族の令嬢は、何よりも優雅さと美しさ。

 足が痛い? そんなこと、舞踏会では誰も待ってくれませんわ。」


「ち、地方貴族の三女には厳しいです……!」


「いい? 令嬢とは“演じる”ものなのよ。」


「ひーん!」


 代役──キア・セレナヴィル。

 所作も言葉も野暮ったい。でも、なんというか……放っておけない。


 この子、なんだか面白い。


 わたくしには誰も、優雅さの裏側にある努力の意味を教えてくれる人はいなかった。

 ただ、『完璧であること』だけを求められた。


 彼女の『ひーん!』という素直な声を聞くと、幼い頃に押し殺した感情を、代わりに開放してもらっているような気分になる。


「ところで、その奇妙なモノはなにかしら?」


「“悪役令嬢養成ギブス”……らしいです……」


「ふふ……そんなものでなれるなら、苦労はいたしませんわね。」


「ええぇ……」


 でも、正直──少しだけ楽しかった。

 “悲劇”ではなく、“悪役ごっこ”のような時間。


 わたくしの人生には、こんな瞬間、なかったもの。


 ──わたくしが本当に欲しかった、『普通の友人』の顔が、ほんの少しだけ、

 この野暮ったい令嬢の面影に見えた。


 ──そして、運命のイベント当日。


「キア・セレナヴィル。君との婚約を破棄する!」


「……そうですか。わかりました」


 その瞬間、温室の陰から私は思わず息を漏らした。


「うふふ! 見ました? “そうですか、わかりました”ですって!」


「ちょっと!! シナリオと違う!! もっと泣いて!怒って!絶望して!!」


「……本当に、面白い子ね。ねえ、不審者の方?」


「ひっ、今度は何でしょう……」


「わたくし、やっぱり、あの方とお友達になりたいわ。」


「いや……でも……あなたは逃亡した設定だから……」


「あら? そこをなんとかするのが、あなたのお仕事ではなくて?」


 ピシャリ、と扇が閉じる。


「……はい。わかりました(泣)」


 管理人が顔を覆い、魂が抜けたような顔になる。


 ──ああ、わかるわよ。その顔。

 上から無茶を言われ、下から突き上げられる……そういう顔。


 でも、それが“あなたたち”の役割でしょう?


 それに、悪役令嬢なんて、いくらでも取り替えがきく。

 神々の気まぐれに、わたくしはもう付き合う気はない。


「ねえ、キア。次にあなたに会える日が、少しだけ楽しみですわ。」


 唇に扇を当て、静かに笑う。

 神々の舞台から降りても──悪役令嬢、イザベル・ロザリンドの物語は終わらない。



最後まで読んで頂きありがとうございました。

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