転生モブ令嬢に悪役を演じさせたら【Side.イザベル】
「転生モブ令嬢に悪役を演じさせたら」の悪役令嬢イザベル視点のサイドストーリーです。
よろしくお願いします。
──また、同じ夢だ。
いつも決まって、月のはじめ。
私は誰もいない真っ白な講堂に立たされ、吊るし上げられるような視線を浴びている。
「イザベル・ロザリンド。あなたの罪は──!」
怒号と、嘲笑と、薄い同情。
冷たい光が照らすのは、ただ一人、断罪される私。
──その先に待つのは、婚約破棄、そして厳寒の修道院。
凍てつく石の床。
果てのない沈黙。
そして、物語から“消える”未来。
目を開けても、鼓膜に残るその声は、消えてくれない。
最初はただの悪夢だと思っていた。けれど違う。
これは“予告”だ。──この物語の、結末。
悪役令嬢は、断罪される。
それが“お約束”なのだと、私はもう理解してしまった。
そんな不安を抱えて迎えた昼下がり。
いつもと変わらぬ学園の廊下に──“異物”がいた。
黒い、くたびれたスーツ。疲労が刻み込まれた眉間の皺。
──なのに、その輪郭はぼやけ、半透明。
あれは、どう見ても“ここの人間”じゃない。
「……定型の断罪劇も飽きられてきたようだ……ギロチン案も……いや、流血はNG……」
ぶつぶつと呟きながら、廊下をぐるぐる回るその姿は、まるで仕事に追われる役人のようだった。
しかも、聞こえた。はっきりと。
「イザベルに……もっと悲運と悲劇を……」
──私の名前を。
次の瞬間には、私はもう動いていた。
「少し、よろしいかしら。不審者の方?」
「!?」
黒服が跳ねるように振り返る。だが遅い。逃がすわけがないでしょう?
私はその首根っこを掴み、静かに──けれど確実に力をこめた。
「な、なぜ触れられる!? 見えないはずなのに!」
「あら、何を仰っているのかしら。
少し──お話を伺いたいのですけれど?」
にこりと微笑む。完璧に計算された「暗黒微笑」。
この顔を見て逃げ出せた者は、今までいない。
「ヒィッ……!」
***
──話を聞けば、呆れるほど滅茶苦茶だった。
「この世界は神々に捧げる“物語”で……自分は管理者なんです……」
「管理者」
「ええ……定型の断罪劇が、最近あまり評判よくなくて……新しい刺激が必要というか……」
神々──つまり“観客”が飽きると、物語は変えられる。
そのために、悪役令嬢は、より残酷で、より悲劇的な結末を迎える。
──物語の“都合”で。
「なるほど。わたくしが見ていた悪夢は、実際に起きた出来事。
そして、あなたたちはそれを何度も繰り返してきたと。」
「は、はは……そう……なります……」
パチン、と扇が鳴った。
「いったぁッ!」
彼の額に汗が滲む。
「誰が、足を崩していいと許可しましたか?」
「す、すみません!」
わたくしは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
──ああ、くだらない。
神々の退屈しのぎに、わたくしの人生を弄ぶなんて。
(イザベルは無言で、自分の表情を鏡でチェックする。優雅な笑みを張り付けたまま、管理人をあらためて見据えた。)
「あなた。物語を、変えなさい。」
「ええっ!?」
「わたくし、断罪されたくありませんの。
それに悪役令嬢なんて──負け役なんて──もっと嫌」
「で、でも……そんなことできないですよ!? 自分、ただの中間管理……」
「“でも”ではなく、“はい”ですわ。」
わたくしが一歩詰めると、黒服──管理人は滝のような汗を流した。
彼の肩が小刻みに震えている。
その姿を見て、わたくしは確信する。
この不審者──もとい、この“管理人”、本当に仕事ができないタイプのようね。
「わ、わかりました! 代役! 代役を立てます!」
「あら。そんなことができるの?」
「保険で……一人……地方貴族の三女が……」
「なら、そうなさい。
ただし、あまり酷い結末は避けなさい。──よろしくて?」
「は、はい!」
扇を顎に当て、わたくしは目を閉じて静かに思案する。
「ところで、あなたは何ができるのかしら?」
「えっ」
「代役でも物語を進められるということは、あなた、無能ではないのでしょう?」
「そ、そんな大したことは……」
「では、わたくしの姿を変えなさい。講師役なんてどうかしら?
うふふ、代役を“上位貴族の令嬢”として育てて差し上げますわ。」
「え……いや……姿を変える……?」
「できるかできないか、ではないの。やるのよ?」
「……はあ」
ため息をつく管理人の肩に、そっと──いや、容赦なく──パチンッ、と扇が響く。
──数日後
私は学園の裏庭の温室を借り、代役候補と向き合っていた。
「キアさま、筋はよろしいですが、途中で気を抜かない!」
「で、でも……もう足がパンパンで……」
「上位貴族の令嬢は、何よりも優雅さと美しさ。
足が痛い? そんなこと、舞踏会では誰も待ってくれませんわ。」
「ち、地方貴族の三女には厳しいです……!」
「いい? 令嬢とは“演じる”ものなのよ。」
「ひーん!」
代役──キア・セレナヴィル。
所作も言葉も野暮ったい。でも、なんというか……放っておけない。
この子、なんだか面白い。
わたくしには誰も、優雅さの裏側にある努力の意味を教えてくれる人はいなかった。
ただ、『完璧であること』だけを求められた。
彼女の『ひーん!』という素直な声を聞くと、幼い頃に押し殺した感情を、代わりに開放してもらっているような気分になる。
「ところで、その奇妙なモノはなにかしら?」
「“悪役令嬢養成ギブス”……らしいです……」
「ふふ……そんなものでなれるなら、苦労はいたしませんわね。」
「ええぇ……」
でも、正直──少しだけ楽しかった。
“悲劇”ではなく、“悪役ごっこ”のような時間。
わたくしの人生には、こんな瞬間、なかったもの。
──わたくしが本当に欲しかった、『普通の友人』の顔が、ほんの少しだけ、
この野暮ったい令嬢の面影に見えた。
──そして、運命のイベント当日。
「キア・セレナヴィル。君との婚約を破棄する!」
「……そうですか。わかりました」
その瞬間、温室の陰から私は思わず息を漏らした。
「うふふ! 見ました? “そうですか、わかりました”ですって!」
「ちょっと!! シナリオと違う!! もっと泣いて!怒って!絶望して!!」
「……本当に、面白い子ね。ねえ、不審者の方?」
「ひっ、今度は何でしょう……」
「わたくし、やっぱり、あの方とお友達になりたいわ。」
「いや……でも……あなたは逃亡した設定だから……」
「あら? そこをなんとかするのが、あなたのお仕事ではなくて?」
ピシャリ、と扇が閉じる。
「……はい。わかりました(泣)」
管理人が顔を覆い、魂が抜けたような顔になる。
──ああ、わかるわよ。その顔。
上から無茶を言われ、下から突き上げられる……そういう顔。
でも、それが“あなたたち”の役割でしょう?
それに、悪役令嬢なんて、いくらでも取り替えがきく。
神々の気まぐれに、わたくしはもう付き合う気はない。
「ねえ、キア。次にあなたに会える日が、少しだけ楽しみですわ。」
唇に扇を当て、静かに笑う。
神々の舞台から降りても──悪役令嬢、イザベル・ロザリンドの物語は終わらない。
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