第87話 「外からの招待状」
静かな肯定の余韻が、辺境に溶けきる前だった。
一通の手紙が、薬草園に届いたのは。
封蝋は上質。
だが、王都の紋章ではない。
「……これは」
アメリアは、差出人を見て小さく息を吐いた。
《王立医療研究院》
宗務院でも、貴族院でもない。
実務と研究を司る、別の場所。
「厄介だな」
ルシアンが率直に言う。
「ええ」
アメリアは頷いた。
「でも、敵意はない」
内容は、簡潔だった。
――辺境で行われている薬草活用について、意見交換をしたい。
――評価ではなく、対話を目的とする。
――来訪でも、訪問でも構わない。
「……選択権は、こちらにある」
それが、この招待の一番の特徴だった。
午後。
アメリアは、薬草園の奥で一人、考える。
外へ出る。
それは、橋を渡ることとは違う。
一度出れば、戻るときの目は変わる。
見られる。
測られる。
期待される。
「今のままでも、十分よね」
そう呟く声は、弱さではない。
守れている。
回っている。
無理もしていない。
それでも――
外が、こちらを見始めているのは確かだった。
夕方。
ルシアンとセイリウスが、並んで座る。
「行かなくてもいい」
ルシアンは言う。
「拒否は、線の内側だ」
「だが、行く意味もある」
セイリウスが続ける。
「こちらの“形”を、歪めずに見せられる機会だ」
アメリアは、二人の言葉を静かに受け取った。
「……怖いのはね」
彼女は、正直に言った。
「外に出ることじゃない」
「変えられること?」
「ええ」
「良かれと思われて、ね」
沈黙。
それを、否定できる者はいなかった。
夜。
薬草園の灯りの下で、アメリアは手紙をもう一度読む。
命令ではない。
強制でもない。
ただの、招待。
「……選ぶのは、私」
橋は、ここにある。
だが、今回は――
自分が、渡るかどうかを決める番だ。
すぐには、答えを出さない。
急がない。
流されない。
スローライフは、閉じこもることじゃない。
必要なら、外と向き合う余裕を持つこと。
アメリアは、そっと手紙を畳んだ。
「明日、返事を書こう」
その声は、迷っていた。
だが、逃げてはいなかった。




