第81話 「頼らないという選択」
翌朝、薬草園はいつもより静かだった。
人の気配が少ない。
それは、昨日アメリアが休んだせいではない。
むしろ――意図的に距離を取っているような、そんな静けさだった。
「……あれ?」
アメリアは畝の間に立ち、首を傾げる。
常連の顔が見当たらない。
毎朝、腰痛の薬を受け取りに来る老人も、
子どもの咳止めを頼みに来る母親も。
「何かあった?」
ルシアンに声をかける。
「ああ」
彼は少し考えてから答えた。
「村の方で、簡易の薬草棚を作ったらしい」
アメリアの手が止まる。
「……誰が?」
「お前が教えた連中だよ」
「干し方とか、煎じ方とか」
「“まず自分でやってみよう”ってな」
胸の奥で、何かが静かにほどけた。
昼前。
村の集会所を訪ねると、そこには見慣れた光景があった。
木の棚に並ぶ乾燥薬草。
簡素な石臼。
紙に書かれた注意書き。
《熱が下がらないときは、無理せず薬草園へ》
《三日以上続く症状は、自己判断しない》
完璧ではない。
だが、危うさもない。
「アメリア様……」
一人の女性が、おずおずと近づいてくる。
「勝手に、すみません」
「いいえ」
アメリアは首を振った。
「そうしてほしかったんです」
女性は驚いた顔をする。
「頼らなくなるのが、怖くなかったですか?」
アメリアは、少し考えてから答えた。
「……正直に言えば、少しだけ」
「でも、それ以上に――安心しました」
薬草園に戻る途中、セイリウスが言った。
「橋がなくても、人は渡れるようになる」
「それは、失うことではない」
「ええ」
アメリアは頷く。
「私がいなくても回るなら、それでいい」
ルシアンが苦笑する。
「ずいぶん割り切ってるな」
「違うわ」
アメリアは、ゆっくり言葉を選ぶ。
「“いつでも必要とされる”のと」
「“必要なときに呼ばれる”のは、違う」
夕方。
薬草園に、少人数が訪れた。
重い症状の者。
判断に迷う者。
不安を抱えた者。
数は少ない。
だが、どの顔も切実だった。
アメリアは、いつも通り対応する。
丁寧に。
過不足なく。
(……これでいい)
全部を背負わない。
全部を任せない。
その中間に、ちょうどいい場所がある。
夜。
薬草園の灯りを落としながら、アメリアは空を見上げた。
星は多く、静かだ。
「頼られない日が来るのが、怖かった」
「でも――」
独り言のように呟く。
「頼られなくても、価値は消えない」
橋は、渡られなくても存在していい。
必要なとき、そこにあれば。
スローライフは、守られるものじゃない。
育って、手放して、また整えるものだ。
アメリアは、静かに笑った。




