第79話 「揺れないための代償」
宗務院からの反応は、早かった。
数日後、辺境に届いたのは正式な評価でも、称賛でもない。
ただ一行。
――当面、宗務院は辺境の薬師の判断を妨げない。
「……ずいぶん曖昧だな」
ルシアンが紙をひらひらさせる。
「ええ」
アメリアは静かに頷いた。
「でも、それで十分」
認められたわけではない。
否定されなかっただけ。
それが今の距離感としては、ちょうどいい。
だが、変化は別のところから現れ始めていた。
その日の午後。
薬草園の外れで、言い争う声が聞こえた。
「祈りを捧げずに治すなんて、やはりおかしい!」
「でも、治っただろう!」
集まっていたのは、辺境の領民たちだった。
一部は、宗務院の動きを聞き、不安を募らせている。
アメリアは、間に入った。
「争う必要はありません」
その声は、低く、よく通った。
皆の視線が集まる。
「祈る人は、祈ればいい」
「薬を使う人は、使えばいい」
「どちらかを選ばせるつもりは、ありません」
沈黙。
やがて、年配の男性が口を開いた。
「……じゃあ、あんたは、何を信じてる?」
アメリアは少し考え、答えた。
「回復する力が、人にも土地にもあること」
「それを、邪魔しないこと」
それ以上は、語らなかった。
夜。
薬草園の奥で、セイリウスがぽつりと言う。
「象徴になるのは避けられない」
「だが、分断の象徴になる危険もある」
「分かってる」
アメリアは答える。
「だから、前に出すぎない」
ルシアンが腕を組む。
「それ、きつくないか?」
「期待されて、引っ張られて、それでも黙ってるなんて」
アメリアは、少しだけ微笑んだ。
「代償よ」
「揺れないための」
翌朝。
アメリアは、薬草園の入り口に小さな札を立てた。
《祈りも、薬も、強制しません》
《選ぶのは、それぞれです》
それだけ。
派手な宣言はない。
説明も、説得もない。
だが、その札を見て、引き返す者はいなかった。
夕暮れ。
一日の作業を終え、アメリアは畝の間に腰を下ろす。
疲労はある。
迷いも、ないわけじゃない。
それでも――
ここに立つ足は、揺れていない。
橋は、渡るためにある。
誰が渡るかは、決めなくていい。
「……それでいい」
風が、薬草を揺らす。
祈りの声も、生活の音も、同じ空に溶けていく。
代償は、静かに積み重なる。
だが、それ以上に――
守れたものも、確かにここにあった。




