第78話 「試される距離」
宗務院からの書状が届いたのは、朝の作業が一段落した頃だった。
封は簡素。
だが、差出人の名を見ただけで、内容が穏やかでないことは分かる。
「……来たわね」
アメリアはそう呟き、静かに封を切った。
中に書かれていたのは、命令ではなかった。
要請でも、勧告でもない。
――“立ち会い”の依頼。
「宗務院管轄の聖域にて、地脈の乱れが確認された」
「祈祷を行うが、同時に“現実的な観測”を行いたい」
「その際、辺境の薬師として、同席を願う」
ルシアンが肩をすくめる。
「試してきたな」
「ええ」
アメリアは頷いた。
「祈りと私、どちらが邪魔をするかを」
セイリウスが静かに言う。
「罠ではない。だが、舞台だ」
聖域は、山あいの古い祈り場だった。
白い石柱に囲まれ、空気は澄んでいる。
だが、足元の土は、わずかに乾きすぎていた。
(……祈りが、強すぎる)
アメリアはそう感じた。
宗務院の神官たちは、すでに準備を整えていた。
中央に立つのは、例の年配の神官。
その隣に、リヒトの姿もある。
「来てくれたか」
年配の神官が言う。
「ここでは、祈りがすべてだ」
「承知しています」
アメリアは一礼した。
「私は、祈りの邪魔はしません」
神官の視線が鋭くなる。
「では、何をする?」
「……見ます」
アメリアはそう答えた。
「起きていることを、そのまま」
祈祷が始まる。
詠唱。
鈴の音。
空気が張りつめ、地面がかすかに震える。
だが、揺れは収束しない。
むしろ、一定の場所に“溜まって”いく。
「……」
アメリアは、黙って土に触れた。
祈りは間違っていない。
ただ――量が、多すぎる。
「止めろ」
年配の神官が低く言った。
「触れるな」
アメリアは手を離さなかった。
だが、力も加えない。
「止めません」
「ただ、逃がします」
彼女は小さな木杭を取り出し、土に打ち込んだ。
薬草園で使っている、ごく簡単なもの。
溜まっていた“力”が、ゆっくりと流れ出す。
――風が、通った。
詠唱が止まる。
沈黙の中で、地面の震えは、自然に収まっていった。
「……祈りを、否定しなかったな」
年配の神官が、ぽつりと呟く。
「ええ」
アメリアは答える。
「祈りは、集めるもの」
「でも、流す道がなければ、淀む」
リヒトが静かに息を吸った。
「橋、か」
アメリアは驚いて彼を見たが、否定はしなかった。
帰り道。
山道を下りながら、ルシアンが言う。
「合格、ってところか?」
「いいえ」
アメリアは首を振った。
「まだ“観察対象”よ」
セイリウスが静かに言葉を添える。
「だが、距離は測れた」
アメリアは、遠くに見える辺境の森を見つめた。
近づきすぎない。
離れすぎない。
その距離を、保ち続けること。
それが、今の自分に課された役割だ。
スローライフは、守るもの。
けれど、ときどき――
外に出て、確かめる必要もある。




