第76話 「断った、その後」
王都へ向かう馬車の後ろ姿が、完全に見えなくなってからも、アメリアはしばらくその場に立っていた。
断った。
はっきりと。
それは予想していた選択だったはずなのに、胸の奥にわずかな緊張が残っている。
「……来ると思うか?」
ルシアンがぽつりと聞いた。
「来るわね」
アメリアは即答した。
「しかも、遠回しじゃなくなる」
セイリウスが静かに続ける。
「肩書きを拒まれた相手ほど、扱いに困る存在はない」
アメリアは苦笑した。
「でしょうね」
その日の午後。
辺境の入り口に、見慣れない一団が現れた。
王都の兵でも、商人でもない。
だが、身なりは良く、動きに無駄がない。
「……宗務院?」
ルシアンが目を細める。
先頭に立っていたのは、白を基調としたローブの男性だった。
年齢は若く、だが目だけが妙に落ち着いている。
「失礼」
彼は深く一礼した。
「アメリア・フォン・ハーヴェスト様で、間違いありませんか」
「ええ」
アメリアは一歩前に出た。
「ご用件は?」
男性は一瞬だけ言葉を選び、そして率直に言った。
「“王都の地脈回復は、神意に反するのではないか”という声が、出ています」
空気が、ひやりと冷えた。
「宗務院としては、確認が必要です」
「あなたが、何を基準に動いているのかを」
応接室。
張り詰めた空気の中で、アメリアは淡々と話した。
「基準は、ただ一つ」
「人が生きていけるかどうか」
宗務院の男性――リヒトと名乗った彼は、静かに聞いている。
「神意かどうかは、私には分かりません」
「でも、人が倒れ、土地が荒れるなら、手を入れる」
「……信仰を、否定しているわけでは?」
リヒトが慎重に尋ねる。
「いいえ」
アメリアは首を振った。
「ただ、神と人の間に立つつもりはないだけです」
沈黙。
やがて、リヒトは小さく息を吐いた。
「あなたは、危うい方だ」
「信仰にも、権力にも、属さない」
「だからこそ」
アメリアは静かに言った。
「偏らずに見られる」
夕暮れ。
宗務院の一団は、その日は引き下がった。
「すぐに結論は出さないだろう」
セイリウスが言う。
「だが、注目は集まる」
「ええ」
アメリアは薬草園を見渡す。
「だから、ここを変えない」
派手な対応はしない。
弁明もしない。
ただ、いつも通り、薬草を育て、人を診る。
「……大変な立場になったな」
ルシアンがぼやく。
アメリアは、少しだけ笑った。
「前からよ」
「見えなかっただけ」
夜風が吹き、薬草の香りが揺れる。
断った選択は、確かに波紋を呼んだ。
それでも――
ここに立つ足元は、揺れていない。
スローライフは、逃げ場じゃない。
立ち続ける場所だ。




