第72話 「広がる波紋の正体」
客間に通されたエレナは、温かいハーブティーを両手で包み込むように持っていた。
香りに気づいたのか、張りつめていた表情が、わずかに緩む。
「……落ち着きますね」
「緊張には、少しだけ効く配合よ」
アメリアはそう言って向かいに座った。
「それで」
セイリウスが静かに促す。
「再発の兆し、とは?」
エレナは背筋を正した。
「王都周辺の三つの村で、似た症状が出ています」
「不眠、不安感、作物の異常成長」
「急性ではありませんが……確実に“広がっている”」
アメリアは頷いた。
予想していた範囲だ。
「王都で抑えられていた流れが、外に押し出されたのね」
「治癒の反動みたいなもの」
ルシアンが腕を組む。
「でも、それって悪化じゃないんだろ?」
「ええ」
アメリアは即答した。
「ただ、“調整されていない回復”なだけ」
エレナは安堵と不安が混じった表情を見せる。
「……対処は、可能ですか?」
「可能よ」
アメリアははっきりと言った。
「ただし、王都の時と同じやり方は使えない」
その夜。
薬草園の一角で、アメリアは地図を広げていた。
村の位置。
地形。
風向きと水脈。
「……これは、点じゃない」
彼女は指でなぞる。
「線ね」
セイリウスが頷く。
「地脈の“通り道”だ。
王都を起点に、辺境へ向かう」
ルシアンが少し驚いた顔をする。
「つまり……この辺境も?」
「いずれは」
アメリアは否定しなかった。
「だから、今のうちに“受け皿”を作る必要がある」
エレナが息を呑む。
「それは……王都だけでは、無理です」
「ええ」
アメリアは顔を上げ、彼女を見る。
「だから、私がここにいる」
翌朝。
アメリアは領民たちを集め、小さな説明会を開いた。
「難しいことはしません」
「いつも通り、薬草を育てて、分け合うだけ」
ざわめきが起こる。
「ただし」
アメリアは続ける。
「これからは、王都や周辺の村とも繋がります」
不安そうな顔。
期待の混じった目。
「辺境は、辺境のままでいい」
「でも、閉じる必要はないの」
沈黙の後、年配の領民が口を開いた。
「……あんたがやるなら、信じるよ」
その一言で、空気が変わった。
夕方。
エレナは出立の準備をしながら、アメリアに言った。
「正直……あなたが引き受けてくれるとは思っていませんでした」
アメリアは苦笑する。
「私も、全部を抱える気はないわ」
「でも――」
彼女は薬草園を見渡した。
「ここからなら、無理なく“届く”」
エレナは深く頭を下げた。
王都の問題は、王都だけのものではない。
けれど、解決もまた、一か所に集める必要はない。
波紋は広がる。
だからこそ、受け止める場所が必要なのだ。
アメリアは、静かに息を吸う。
スローライフは、守られるものじゃない。
選び続けるものなのだから。




