第71話 「静かな日常に、訪問者」
翌朝。
薬草園は、朝露にきらめいていた。
アメリアは籠を手に、畝の間を歩く。
ローリエの葉は張りがあり、セージは香りが深い。
王都から戻って数日、薬草たちは不思議なほど安定していた。
(……急がなくていい)
そう思える自分に、少し驚く。
以前なら、変化を見つければすぐに手を入れていた。
今は、まず“待つ”ことを選べる。
「おはようございます、アメリア様」
振り返ると、見張り役を兼ねている青年が立っていた。
その表情は、どこか緊張している。
「どうしたの?」
「……来客です」
この辺境で“来客”は珍しい。
ましてや、事前の知らせもなく訪れる者はなおさらだ。
屋敷の前には、一台の馬車が止まっていた。
装飾は控えめだが、造りは良い。
王都のものだと、一目で分かる。
馬車から降りてきたのは、若い女性だった。
淡い色の外套に身を包み、背筋を伸ばしている。
「アメリア・フォン・ハーヴェスト様でいらっしゃいますか」
丁寧な声。
けれど、どこか切迫した響きがある。
「ええ、私が」
アメリアは一歩前に出た。
「どのようなご用件でしょう」
女性は一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せた後、頭を下げた。
「王都より参りました。
私は――調整局、臨時補佐官のエレナと申します」
その肩書きに、ルシアンが小さく息を呑む。
セイリウスは何も言わないが、視線が鋭くなった。
「お願いがあって、参りました」
エレナは顔を上げ、真っ直ぐアメリアを見る。
「……再発の兆しが、出ています」
空気が、ぴんと張り詰めた。
「王都で?」
「いえ。正確には、王都“外縁部”です」
アメリアはすぐに理解した。
第69話で立ち寄った村。
あの、芽が出すぎていた畑。
「急激な悪化ではありません」
エレナは続ける。
「ですが、このまま放置すれば……」
「分かりました」
アメリアは、話を遮るように言った。
エレナが驚いた顔をする。
「詳しい話は、中で聞きましょう」
「立ち話で済む話じゃないわ」
屋敷に通されたエレナは、ほっとしたように肩の力を抜いた。
だが、その表情には疲労が滲んでいる。
「……戻ったばかりなのに」
ルシアンが小声で言う。
アメリアは小さく笑った。
「ええ。でも――」
彼女は窓の外、薬草園を一度だけ振り返る。
「ここがあるから、行けるのよ」
完全な日常は、まだ先だ。
けれど、逃げる理由もない。
静かなスローライフの中に、
再び“外の世界”がノックをした。
アメリアは椅子に腰を下ろし、エレナに向き直る。
「聞かせてください」
「今、どこで、何が起きているのか」
物語は、再びゆっくりと動き出すのだった。




