第69話 「帰路の途中で、芽吹くもの」
王都を発った朝、空は澄み切っていた。
高い城壁を抜け、街道へ出ると、石畳は次第に土の道へと変わっていく。
馬の蹄が、久しぶりに“生きた地面”を踏む感触を、はっきりと伝えてきた。
「……やっぱり、こっちの方が落ち着くな」
ルシアンが肩を回す。
「王都は、少し頑張りすぎる場所だから」
アメリアは穏やかに答えた。
「人も、土地も」
セイリウスは馬上から周囲を見渡し、短く言う。
「地脈の流れも、すでに王都の影響圏を抜けている。
ここから先は、自然に任せて問題ない」
街道沿いの草は青く、風に揺れている。
王都近郊で見た、硬く冷えた土とはまるで違う。
(……ちゃんと、繋がってる)
アメリアは胸の奥で、そう思った。
昼前、三人は小さな村で休憩を取ることにした。
井戸のそばで水を汲んでいると、村人が不思議そうに声をかけてくる。
「旅の方かい?」
「ええ、辺境へ戻る途中です」
「そうか……」
村人は少し困った顔をした。
「実は最近、畑の芽が出すぎてな。
元気なのはいいんだが、葉ばかり育って実がつかん」
アメリアは思わず足を止めた。
「……土、見せてもらえます?」
畑に入ると、確かに作物は青々としている。
だが、どこか“力が散っている”印象。
アメリアはしゃがみ込み、土を指先で確かめた。
「王都の地脈操作が緩んだ影響ね」
彼女は静かに言った。
「今まで引かれていた分が、一気に戻ってきてる」
村人が目を丸くする。
「じゃあ、悪いことか?」
「いいえ」
アメリアは首を振った。
「ただ、調整が必要なだけ」
彼女は簡単な方法を伝えた。
畝を少し切り、余分な芽を間引き、根元に温性の薬草灰を混ぜる。
「“元気にしすぎない”のも、大事なんです」
村人は何度も頷いた。
「へえ……薬師さんみたいだな」
アメリアは、くすっと笑った。
村を出るとき、ルシアンが言う。
「……王都を治したら、今度はその周りか」
「ええ」
アメリアは前を見たまま答えた。
「治療って、波紋みたいに広がるの。
だから、放っておけない場所も増える」
セイリウスが静かに言葉を添える。
「だが、それは悪い兆候じゃない。
流れが、ようやく動き出した証だ」
道の先に、懐かしい森の影が見え始めた。
胸が、少しだけ高鳴る。
「……帰ったら、まずは森を診るわ」
「王都の影響が、どこまで届いているか」
ルシアンが笑う。
「休む間もなしか」
「ええ。でも――」
アメリアは柔らかく微笑んだ。
「ちゃんと“帰る場所”があるから、大丈夫」
馬は進む。
風は、辺境の匂いを運んでくる。
王都での経験は、確かに彼女を変えた。
けれど、根は変わらない。
薬師は今日も、土と人の間を歩くのだった。




