第68話 「戻る場所、選ぶ未来」
王都の朝は、静かだった。
騒然とした気配はもうない。
人々はいつも通りに目を覚まし、パンを焼き、店を開け、通りを掃く。
その“当たり前”が戻ったこと自体が、何よりの証だった。
「地脈数値、全区画で安定」
調整室で、研究官が淡々と告げる。
「緊急対応は、これにて終了と判断します」
その言葉に、室内の空気がふっと緩んだ。
ルシアンが小さく息を吐く。
「……終わった、のか」
「ええ」
セイリウスが頷いた。
「少なくとも、“王都の危機”はな」
アメリアは窓の外を見ていた。
陽光を受けて、石畳が柔らかく輝いている。
(……ちゃんと、戻った)
胸の奥で、静かな達成感が広がる。
だが同時に、別の感情も芽生えていた。
「正式に礼を述べたい」
午後、研究官はそう切り出した。
「王都として、君に協力を要請したい。
このまま、調整顧問として――」
その言葉に、ルシアンが一瞬、眉を動かす。
セイリウスは沈黙したままだ。
アメリアは、少し考えてから答えた。
「ありがたいお話です」
「でも……今すぐの返事は、できません」
研究官は驚いた顔をした。
「理由を、聞いても?」
アメリアは正直に言う。
「私には、戻る場所があるから」
辺境の薬草園。
土の匂い、風の音、領民たちの笑顔。
「ここでできることは、確かに大きい」
「でも……あの場所でしか救えない人もいる」
研究官は、ゆっくりと頷いた。
「……そうか」
夕方。
城壁の上から、王都を見下ろす。
「引き止められると思った?」
ルシアンが冗談めかして言う。
「少しは」
アメリアは苦笑した。
「でも、無理に縛る人じゃなかったわ」
セイリウスが静かに口を開く。
「選択は、間違っていない」
「ありがとう」
しばらく、三人で風に当たる。
王都は大きい。
人も多く、問題も尽きない。
けれど――
「私は、薬師でいたいの」
アメリアはぽつりと呟く。
「顔と名前が一致する距離で」
ルシアンが笑った。
「らしいな」
夜。
宿で荷をまとめながら、アメリアは手帳を開いた。
王都で得た知識。
地脈の新しい調整方法。
そして、数人の研究官との約束。
(無駄にはならない)
辺境に戻れば、また静かな日々が始まる。
薬草を育て、領民の話を聞き、季節の移ろいを感じる生活。
けれど――
もう、以前と同じではない。
アメリアは外套を手に取り、そっと微笑んだ。
「……帰ろう」
薬草園へ。
自分が選んだ、スローライフの場所へ。
王都の灯りは、背後で静かに瞬いていた。
それは別れではなく、未来へ続く道標のようだった。




