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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第61話 「仮処方――森を守るための夜」

日が沈み、森が夜の気配に包まれるころ。

薬草園の中央に、簡易の作業台が並べられていた。


アメリアは袖をまくり、紙と器具を前に深く息を吸う。

今夜やることは一つ――森を安定させるための“仮処方”を完成させること。


「時間は……三日」

彼女は独り言のように呟いた。

「それ以上は、森がもたない」


ルシアンは周囲に松明を配置し、夜の冷えから作業場を守っている。

「王都へ向かう準備と並行だな。正直、綱渡りだ」


「だからこそ、失敗は許されないわ」

アメリアは穏やかに答え、乾燥させた潮の忘れ草を計量皿に載せた。


セイリウスは地図と記録板を広げ、地脈の線を指でなぞる。

「仮処方の目的は“分散”。

一点に引かれ続けている流れを、森全体へ薄く返す。

根治ではないが、悪化を止めるには最適だ」


「ええ。血流改善みたいなものね」

アメリアは淡く笑う。

「詰まりを無理に押し流すと、破裂する。

だから、まずは周辺を温めて、通り道を増やす」


彼女は刻んだ葉と樹皮、微量の鉱石粉を混ぜ、静かに乳鉢を回した。

音は小さく、しかし一定。

夜の森が、そのリズムに耳を傾けているようだった。


深夜。

仮処方の核となる“調整包”が、十六個並ぶ。


小さな布包みの中には、潮の忘れ草を主剤に、森の土壌に合わせた配合が施されている。

設置場所は、第三層から第一層へと流れをなだらかにつなぐ要所。


「設置は夜明け前がいい」

セイリウスが言う。

「地脈が最も静かになる」


ルシアンは剣を背に掛け、軽く頷いた。

「俺が先導する。獣も、今夜は落ち着いてる」


アメリアは布包みを一つ手に取り、目を閉じる。

掌に伝わる、微かな温もり。

――シオリの声が、遠くで重なる気がした。


「……大丈夫」

彼女はそう言って、包みを箱へ戻した。


夜明け前。

霧の立つ森に、三人の足音が溶けていく。


最初の設置点。

アメリアは観測杭を打ち、布包みを根元に埋めた。

すると、地面の冷えがほんのわずか、和らぐ。


「効いてる」

ルシアンが息を詰める。


二つ目、三つ目。

流れはゆっくりと、しかし確実に分散し始めた。


第四層の境目で、セイリウスが立ち止まる。

「……来る」


遠くで、低い振動。

地脈の脈動が、一拍だけ強く打った。


アメリアは迷わず、最後の包みを設置する。

「今よ。――通して」


布包みが光を吸い、森の空気が一段、深くなる。

風が通った。

止まっていたはずの風が、確かに。


鳥の羽音が一つ。

続いて、二つ。


「……成功だな」

ルシアンが静かに言った。


セイリウスは観測値を見て、短く頷く。

「仮処方としては、上出来だ」


アメリアは胸をなで下ろし、空を見上げた。

夜明けの色が、森に戻ってきている。


「これで、三日は稼げる」

彼女はきっぱりと言った。

「その間に――王都へ行く」


薬草園へ戻る道すがら、アメリアは足を止めた。


「二人に、お願いがある」


ルシアンとセイリウスが振り返る。


「王都では、私は“薬師”として話す。

政治の言葉じゃなく、処方の言葉で。

だから――」


「俺は現場の証言を固める」

ルシアンが先に言った。

「森がどう変わったか、数字じゃなく、事実で」


「俺は理論と記録だ」

セイリウスが続ける。

「逃げ道を塞ぐ」


アメリアは小さく笑った。

「心強いわ」


森の奥で、地脈が穏やかに息をする。

仮処方は効いている。

だが、根治はまだ先だ。


彼女は歩き出す。

王都へ向かう道を、静かに、確かな足取りで。

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