第60話 「選択の処方箋」
洞穴の揺れが、ゆっくりと収まっていく。
崩れかけていた岩肌は静まり、地脈の光も先ほどまでの激しさを失って、弱く、しかし確かに脈を打っていた。
アメリアはルシアンに支えられながら、ゆっくりと身体を起こす。
「……ごめんなさい。心配かけたわね」
「本当にだ」
ルシアンは眉をひそめつつも、声は震えていた。
「急に倒れるし、呼んでも反応しないし……正直、心臓に悪い」
セイリウスは結界を解き、洞穴の奥を睨みながら言う。
「だが、地脈は落ち着いた。完全ではないが、暴走は止まっている」
アメリアは小さく頷いた。
「一時的に“流れ道”を作っただけ。応急処置よ」
その言葉に、セイリウスが鋭く反応する。
「……応急処置? つまり、根本的な解決ではない?」
「ええ」
アメリアは洞穴の奥、かすかに光る地脈の核を見つめた。
「人の身体と同じ。急性症状は抑えられても、原因を断たなければ再発する」
ルシアンが腕を組む。
「原因は……王都、なんだよな?」
アメリアは一瞬だけ目を伏せ、それからはっきりと頷いた。
「王都の地脈操作。
恐らく、都市機能を維持するために流れを強く引き寄せている。
そのしわ寄せが、森と辺境に来ているの」
セイリウスの表情が険しくなる。
「……正式な議会を通していない可能性が高いな。
王都の一部の研究者、もしくは上層貴族の独断だ」
洞穴の中に、重い沈黙が落ちた。
アメリアはその空気を破るように、静かに口を開く。
「だから、選ばなきゃいけない」
「選ぶ?」
ルシアンが問い返す。
「ええ」
アメリアはまっすぐ二人を見る。
「この森を“局所的に守る”か。
それとも――地脈全体に踏み込んで、王都と向き合うか」
ルシアンは息を飲む。
「後者は……面倒どころじゃない。危険だ」
「わかってるわ」
アメリアは苦笑した。
「でも、前者を選べば、この森は守れても、同じことが別の土地で起きる」
セイリウスが低く唸る。
「……地脈はつながっている。
一部だけを治せば、別の場所に歪みが出る。理屈は正しい」
アメリアは腰に下げた小さな革袋に触れた。
中には、潮の忘れ草の乾燥葉と、観測杭の記録片。
「私は薬師よ。
一時的に痛み止めを出すだけの治療は、したくない」
洞穴の奥で、地脈の光がふっと明滅した。
まるで、その言葉に反応したかのように。
ルシアンはしばらく黙り込み、それから大きく息を吐いた。
「……なら答えは一つだろ。
アメリアが行くなら、俺も行く。王都だろうが何だろうが」
セイリウスも、ゆっくりと頷いた。
「賢者としても、見過ごせん問題だ。
正規の記録と理論で、王都を黙らせる準備は俺がする」
アメリアの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
「ありがとう。二人とも」
彼女は立ち上がり、洞穴の出口を見つめる。
「まずは森を安定させる。
そのための“処方箋”を作るわ」
「処方箋?」
ルシアンが首をかしげる。
「地脈用の、ね」
アメリアは微笑んだ。
「潮の忘れ草を基点に、流れを一時的に分散させる。
森を守りながら、王都へ向かう時間を作るの」
セイリウスが感心したように息を吐く。
「……相変わらず、発想が薬師だな」
三人は洞穴を後にした。
外に出ると、森の空気は少しだけ柔らいでいた。
鳥の声が、ひとつ。
遅れて、もうひとつ。
アメリアは空を見上げ、静かに呟く。
「大丈夫。
ちゃんと治してみせるから」
それは森への約束であり、
これから始まる王都との対峙への、静かな宣言だった。




