第6話 「王都の危機と、癒しの光」
王都の門が見えた時、私は息を呑んだ。
かつて華やかだったその街は、今や人影もまばらで、重苦しい空気に包まれていた。
通りを歩く人々の顔は青ざめ、咳の音があちこちから聞こえる。
「これが……疫病の現状ですか」
隣で馬を引くレオンハルトが、険しい表情で頷いた。
「感染源はまだ特定できていない。
医務院も薬が尽き、魔導師たちの治癒魔法も追いつかない状況だ」
後ろの荷馬車には、私とセイリウスが調合した《癒光液》が積まれている。
薬草の香りと魔力が混ざり合い、かすかに淡い緑の光を放っていた。
「アメリア嬢、王都の中心医務院に着いたらすぐに実験を始めよう。
時間との勝負だ」
「はい。必ず……助けます」
医務院の中は、まるで戦場のようだった。
ベッドが足りず、床に寝かされた患者。
必死で看病する看護師たちの顔にも疲労の色が濃い。
「アメリア様! 本当に来てくださったのですね……!」
駆け寄ってきたのは、かつて王都で私に仕えていた侍女リリィだった。
驚きと安堵の涙を浮かべる彼女を見て、胸が熱くなる。
「リリィ、みんなを助けに来たの。もう大丈夫。
新しい薬を持ってきたわ」
「お嬢様……!」
私は癒光液を机に並べ、セイリウスと共に調合を始めた。
薬草を蒸留し、魔法触媒で浄化。
やがて、瓶の中で光がふわりと広がる。
「完成……これが“癒光液・第一試作”よ」
「試すのは――この患者にしよう」
レオンハルトが静かに指した先には、若い兵士が苦しげに息をしていた。
高熱にうなされ、肌は冷たく、目の焦点も合っていない。
「この方は……」
「王都防衛隊の者だ。私の部下でもある。頼む、アメリア」
私は深く頷き、スプーンに一滴の癒光液を垂らした。
緑の光が静かに兵士の唇を照らし、そのまま飲み込まれていく。
……一瞬の静寂。
周囲が息を呑む。
そして、兵士の荒い息が少しずつ落ち着き、額の汗が引いていく。
閉じられていた瞳が、ゆっくりと開いた。
「……あれ……殿下……?」
「気がついたか!」
レオンハルトの声が震えた。
彼は拳を握りしめ、アメリアの方を見た。
「成功だ……アメリア、成功したんだ!」
私は息を詰め、手の中の瓶を見つめる。
光がやさしく揺らめき、まるで命の灯のようだった。
「……本当に、効いたのね……!」
セイリウスが微笑を浮かべる。
「これで、救える命が確実に増える。
君の“薬草園の奇跡”は、本物だったようだな」
「奇跡じゃないわ」
私は首を振った。
「これは、みんなの努力の結晶。
殿下が信じてくれたから、セイリウスが力を貸してくれたから――
私もここまで来られたの」
レオンハルトは一瞬、目を伏せ、そして静かに言った。
「……俺が間違っていた。
お前を“追放”したことを、ずっと後悔していた。
だが今、誇りに思う。
お前は、この国の希望だ」
「そんな、大げさですよ」
私は照れ笑いを浮かべた。
けれど胸の奥がじんわりと温かい。
ずっと欲しかった“認められる”という感覚。
でも今はそれより――“誰かを救えた”ことの方が嬉しかった。
その夜。
王都の空に、満月が昇っていた。
窓から見える街の灯りが少しずつ戻り始め、人々の笑い声が聞こえる。
研究室の窓辺に立つと、レオンハルトが隣に来た。
「……アメリア。お前はこれからどうするつもりだ?」
「もちろん、辺境に戻ります。
薬草園は私の居場所ですから。
でも、今度は“王都の仲間”もできましたからね」
レオンハルトは小さく笑った。
「なら、俺もその仲間の一人だな」
「ええ、もちろん。
殿下も、癒しのハーブティーを忘れずにどうぞ」
「……あれを飲むと、心が穏やかになる。
お前の香りがするからかもしれんな」
「殿下、それは……冗談ですか?」
「さあ、どうだろうな」
彼の微笑は、かつて氷と呼ばれた男のものとは思えないほど優しかった。
窓の外で風が薬草を揺らす。
その香りが、希望と再生の象徴のように夜空へ広がっていく。
「破滅フラグなんて、もうどこにもないわね」
「そうだな。代わりに、お前には“光”がある」
満月の下、二人の影が並んで伸びていた。
それは、癒しと再生の物語の始まりを示すように――。




