第58話 「揺れる地脈、目覚める白い影」
洞穴の奥で光が脈打った瞬間、アメリアは胸の奥がざわりと波立つのを感じた。
まるで地面の下から、誰かが大きな息を吸い込むような――そんな気配。
「アメリア、下がれ!」
ルシアンが即座にアメリアの腕を掴んで後ろへ引く。
直後、地面の割れ目から淡い光が溢れ、洞穴全体が震えた。
セイリウスが杖を構え、不穏な揺れを見つめる。
「これは……地脈の“放出”。押さえ込まれた潮の流れが、一時的に解放されている!」
「じゃあ、この揺れは――」
アメリアが言いかけたところで、割れ目の奥から“何か”がゆっくりと姿を見せた。
それは光。
光の筋が形を成し、人影のようになり、ぼんやりと立ち上がっていく。
ルシアンが息を呑む。
「……人? いや、違う……影か?」
アメリアは目を凝らした。
光の人影は輪郭が曖昧で、衣服も顔も判別できない。
ただ、そこに“意思”だけが宿っているようだった。
その影が、アメリアの方へじわりと向き直る。
洞穴の空気がピンと張りつめた。
セイリウスが低く警告する。
「アメリア、近づくな。あれは地脈の“残響”。実体はないが、触れれば意識を奪われかねん」
だがアメリアは一歩、影へ進んだ。
不思議と恐怖はなかった。
胸の奥で、潮の忘れ草を見たときと同じ直感が疼いている。
「……あなた、森の声なの?」
光の影は答えない。
ただ、ゆっくりと腕を上げ、指先で洞穴の奥――割れ目の中心を示した。
アメリアはその先を見つめて、息を飲む。
そこには――
地脈がむき出しのように光る“芯”があった。
淡い青白い光がゆっくりと回転し、周囲の空気を引き寄せている。
ルシアンが思わず呟いた。
「これが……地脈の中身ってことか?」
セイリウスも目を細め、信じられないという表情をした。
「地脈の“核”。本来は大地の深い底にあり、人が触れる場所ではない……!」
アメリアは光の影の視線を感じた。
“見せている”。
“気づいてほしい”。
それは、言葉ではなく、感覚で伝わってくる。
「……あなた、私にここまで案内したのね。潮の忘れ草も、森の沈黙も、全部……」
アメリアがそう呟くと、光の影は静かに頷いたように見えた。
だが次の瞬間――
地脈の核が強く脈打ち、洞穴全体が大きく揺れた。
「危ない、離れろ!」
ルシアンがアメリアを抱き寄せ、壁へと飛び退く。
光が炸裂し、風が逆巻き、岩壁から砂が雨のように降ってくる。
アメリアは腕で顔を覆いながら、揺れの中心を見つめた。
地脈の核が痛みに耐えるようにきしんでいる。
「……苦しんでるんだわ、この森。
潮の流れが詰まって、行き場を失って……!」
セイリウスが必死に声を張り上げる。
「アメリア! 今は離れろ! これ以上は危険だ!」
だが、アメリアは首を横に振った。
地脈から伝わる痛みが、胸の奥に突き刺さるようだった。
「ここで逃げたら、森はもっと悪くなる……!」
震える地面に足を踏ん張り、アメリアは観測杭を握りしめた。
「地脈に流れを作る。“詰まり”を外すんだわ。
完全には無理でも、一時的な道なら……!」
ルシアンとセイリウスが驚いた顔でアメリアを見る。
「そんな事が出来るのか?」
「地脈を触るのは大地そのものに介入する行為だぞ!」
アメリアは強い視線を返した。
「やるしかないの!
潮の忘れ草が私をここに導いたのは……このためよ!」
揺れが強くなり、洞穴が軋む。
光の影はアメリアの傍らに立ち、静かに彼女へ手を伸ばすような仕草をした。
まるで――“やれ”と伝えているように。
アメリアは観測杭を地面へ突き立てた。
「――行くわ!」
杭が光り、洞穴の奥で地脈の核が響き返す。
大地が震え、光が走り、空気が変わる。
それは大地の悲鳴であり――
同時に、救いを求める森の祈りでもあった。
そしてアメリアは、その中心へ手を伸ばした。
次の瞬間、洞穴全体が真っ白な光に包まれる。
アメリアの意識は光の中へ飲み込まれ――
彼女は、森の“中”へと落ちていくような感覚に包まれた。




