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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第51話 「夜の約束――凪のあとに来る風」

夏を迎える前の静けさが、薬草園に漂っていた。日差しは強くなり始め、朝露は短く消え、作業は早朝と夕暮れの涼しい時間帯に移っている。拠点の人々は慣れた手つきで畝を回し、乾燥室では新しい仕組みが整いつつあった。だが、その日に集まったのは普段の業務のためではなかった。小さな問題が、静かに育ちつつあったのだ。


午前の終わり。学術院からの使者が息を切らしてやって来た。書簡を差し出す手は震えていないが、彼の額には疲労の影があった。ルシアンが封を開くと、王都の保健局からの通達が出ている。


「王都近郊で、薬草の一部を用いた外用薬に対する過敏症の報告が相次いでいる。原因は判明していない。現場からの追加データを求める。速やかな対応を要請する——」


文字は冷たく正確だった。だがその行間には、急ぎの空気が流れている。


「まずは落ち着いて調査を」アメリアは静かに言った。声には焦りはなかったが、目は鋭く光る。外用薬は村でも多用されており、情報が不確かに広まけば、信頼は一瞬で揺らぐ。彼女は即座に体制を整えた。


セイリウスが王都の窓口と連絡を取り、保健局と共同でモニタリング班を編成する。ルシアンは現行ロットの全データを抽出し、トレーサビリティ台帳と照合を始めた。エレンと数名の研修生が外来事例の聞き取り調査に向かい、マリーは薬効組成の再検査に入る。誰もが役割を知って動いている。


午後、初期の聞き取りで共通点が見つかった。いずれも、王都の一部薬局に卸された「高級ライン」のサンプルを購入した顧客の報告であること。高級ラインは市場試験で評判になり、一定の需要を確保していた。だが、それだけが原因と断じるのは早い。配荷の経路、包装材、保管環境——調べる要素は多い。


「まずは成分自体の異変か、外的な要因(包装材の可塑剤や保管による副生物質)のいずれかだ」ルシアンは分析メモを差し出す。「赤潮・青潮の混合成分は安定しているが、今回該当するロットには一つだけ共通の外部工程がある。包装段階での加熱処理の代替手順だ」


その言葉に、皆の顔が引き締まる。外注工程の一部を別の業者に委託した記録が浮かび上がっていた。試験販売での需要急増に対応するため、拠点会議で条件付きで認められた処置だ。だがそれが、思わぬ副作用の温床になっている可能性がある。


アメリアは夜の集会を招集した。代表会議、学術院の技術官、外注先の管理者も加わる。会場の空気は張りつめていた。誰もが事の重大さを理解している。


「まずは事実確認を行う」アメリアは簡潔に言った。「該当ロットは全て回収。外注先の工程記録、人の動き、温度管理ログを全て公開してください。隠し事は許されない。誰よりも早く真実に向き合う。それが信頼を守る唯一の道です」


外注先の責任者は顔を青ざめさせながらも、収集できる全ての記録を差し出す。映像、ログ、作業シフト表。調査は夜通しで続いた。ルシアンは段ボール箱のラベルを丁寧に確認し、セイリウスは法的なリスクの整理を進める。マリーは被害報告の症状を整理し、一つずつ照合を行った。


翌朝、見えてきたのは「保管温度の一時的な逸脱」と「外装材の一部に含まれた、海藻由来の溶剤と反応しやすい添加剤」の併存であった。簡単に言えば、加熱や湿気といった環境要因が包装材の微成分と反応し、微量の副生成物を生んだ可能性が高いと分析された。摂取での全身反応ではなく、外用での皮膚接触により過敏な反応を示した例が多い。


「これは我々の想定外であり、我々の責任範囲の問題でもある」アメリアは淡々と告げる。憤りや弁解は言葉にならない。代わりに、行動が生まれる。代表会議は即座に該当ロットの全面回収と、外注先に対する製造停止命令、包装材の成分全面調査を決議した。王都の保健局と連携して、症例データの公開と注意喚起を出す手筈も整えた。


だが対応はそれだけでは終わらない。村と拠点の士気が揺らぐのを、アメリアは恐れた。噂は毒と同じく速い。何よりもまず、人々の不安を和らげ、真実を示す必要がある。彼女は記者会見を自主的に開くことを決めた。学術院の若手と共に、データとこれからの是正策を公開する場だ。


会見の場には詰めかけた報道陣と、王都からの監査役、そして村の代表が並ぶ。アメリアは一切の防御ではなく、開示を選んだ。


「今回、私たちの流通の一部に不備がありました。該当ロットは安全性に重大な疑義があるため回収します。被害に遭われた方々には心よりお詫び申し上げます」彼女の声は静かだが、芯がある。「今後は包装から流通までの全工程を再設計し、外注は最小限に留め、我々自身の検査強化を行います。被害の全容が見えるまで、出荷は一切差し止めます」


言葉とともに、ルシアンがデータパネルを示す。温度ログ、添加剤の分析結果、該当サンプルの化学スペクトル。説明は専門的だが分かりやすく整理されている。報道陣の質問は鋭いが、一つずつ答えるアメリアの姿が、旱魃のように乾いた観衆の胸を濡らしていく。


会見後、村では不安の声が完全に消えることはなかった。しかし多くの住民が待ち構えたかのように作業場へ来て、自ら検査や回収の補助を申し出た。自分たちが守るべきもののために手を動かす——その行為自体が、最も強い防御であることをアメリアは知っていた。


数日間の徹底した回収と調査の末、原因はほぼ確定された。外注先の一部で保管温度が一時的に上昇し、包装材中の可塑剤と海藻成分の界面反応が起きたことで、皮膚に刺激を与える微量物質が発生したのだ。量は極微量であり、適切な保管・包装設計で回避可能であることが示された。被害を受けた大半の人々は治療と回避で回復している。


代表会議では、新たなガイドラインが採択された。包装材は医療用途に適合したものに限定し、外注は高規格の認証を持つ業者のみを許可すること。さらに、出荷前に独立した第三者によるバイオアッセイを義務付け、温湿度ログはリアルタイムで共有されるシステムを導入する——技術的にも運用的にも、二重三重の手を打つ決定が下された。


夜、疲労と安堵が混じる中、アメリアは小屋の縁に座り、蒼炎草の苗床を眺めていた。風は静かで、葉は穏やかに揺れる。彼女の隣にはルシアンが座り、遠くの灯を見つめる。


「騒ぎは収まるか?」彼が尋ねる。


「すぐには消えないだろうけれど、やるべきことはした」アメリアは小さく答える。「失った信頼を取り戻すのは時間がかかる。だが私たちは、隠すことなく向き合った。それが最初の一歩だ」


ルシアンはゆっくりと頷いた。「あなたの判断が、いつも場を救っている。疲れていないか?」


「疲れているけれど、やるべきことがあるから」とアメリアは微笑むように言った。笑いは力あるものではなく、むしろ決意のように響いた。


その夜、村の若者たちが自主的に小さな作業班を作り、回収品の消毒や包装材検査の手伝いを申し出た。学術院の学生たちも加わり、夜通しでサンプル解析が続く。誰もが眠る時間を削って働く中、薬草園は再び共同体の鼓動を取り戻していた。


風は翌朝、少しだけ冷たく澄んでいた。被害の統計が最終的にまとまり、治癒した者の報告が増える。王都の監査役は結果を評価し、新しいガイドラインを王令に反映させる方向で動くことを約束した。行政の支援は、今回の出来事を制度的に換骨奪胎する契機となるだろう。


アメリアは朝の仕事を始める前に、いつもの日誌に一行だけ綴った。


「誤りは避けられない。大切なのは、その後に何をするかだ――向き合い、開き、直すこと」


ページを閉じると、彼女は苗床に向かってゆっくり歩き出した。小さな葉の先に、露がキラリと光る。凪のあとに来る風は、次の季節を運んでくる。彼女たちはまた一歩、前へ進む準備をしているのだ。

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