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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第49話 「凍てつく朝と小さな奇跡」

冬が深まると、朝の光は薄く、世界はゆっくり目を覚ます。薬草園の畝は霜の白で縁取りされ、蒼炎草の葉は一層ぎゅっと固く閉じている。人々の動きも静かだが、やることは途切れない。保存と見回り、次季の準備——冬の仕事は未来を守るための静かな戦いだ。


その朝、アメリアは暖炉の火を消えかけのうちに整え、巻いた毛布を肩にかけて外へ出た。空気は鋭く冷たいが、息は白く浮かび、遠くの鶏小屋から小さな音が聞こえる。門をくぐると、トゥールが既に歩哨の交代表を抱えて待っていた。


「昨夜、南の小道で獣の足跡が多く見られました。雪が緩む所があって、鹿が群れているようです」トゥールは報告を淡々と述べる。だがその目には僅かな困惑がある。


「被害は出ていない?」アメリアが聞く。


「今のところは、苗床に近づいてはいません。でも、村からの報告で、向こうの牧場で牛の群れの足取りが乱れていて……家畜の病気が広がったらまずい、と」トゥールの声が低くなる。


家畜の不調——農村では人の命と暮らしを直に繋ぐ問題だ。アメリアはすぐに動く決意を固めた。


「ルシアンを呼んで。学術院の検査キットを持って、まず現地の状況を見よう。エレンにも同行させて」


ルシアンは冷たい空気の中を駆けてきて、手早く器具をまとめた。エレンの顔には緊張と興奮が混じる。若者として初めての畜産対応だが、これも学びの一つだ。


馬車は雪煙を上げながら村外れの牧場へ向かった。道すがら、アメリアは丘の輪郭を見つめる。冬の光は容赦ないが、見通しは良い。到着した牧場では、長老の一人が馬小屋の前で膝を抱えていた。彼の隣で毛布に包まるのは、細くなった仔牛の群れだ。


「昨夜から急に、子牛が熱を出し、立てなくなった者が出始めた。薬も少なくて……」長老の言葉は震えている。


ルシアンはすぐにサンプルを取り、粘膜と体温の記録、餌のサンプル、そして糞便を採取していく。エレンは慌てず手順通りに記録し、村の若者たちから事情を聞く。アメリアは周囲の環境を観察し、飼料の保管場所や水源、牛舎の換気状況に目を配る。


分析の初期所見は、典型的なウイルス性の症状の兆候と重なるものの、微妙に様相が異なっていた。高熱と筋肉の弱りに加え、皮膚の一部が赤く斑状に変わるという。ルシアンは眉を寄せる。


「成分的に言えば、栄養不足による抵抗力低下が背景にある可能性がある。だが、この赤斑は微生物の代謝物に類する反応も示唆している。水系の汚染か、飼料のカビ毒の疑いもある」


エレンがふと口を挟んだ。「もし、栄養と感染の複合なら、薬草の栄養補助と低毒化処理の両方が必要かもしれません。拠点で使える乾燥ハーブのブレンドを試してみますか?」


アメリアの瞳が鋭く光る。彼女はすぐに指示を出した。


「まずは隔離と衛生強化。病気の広がりを止める。並行して、我々の乾燥棚から栄養豊富で安全な飼料補助を用意する。ルシアンは検査で微生物の特定を急いで。エレンとトゥールは運搬と与薬の教育を。私は村長とともに住民説明を行う」


作業は手際よく進んだ。村人たちは慣れない手順に戸惑いながらも素直に従い、牛舎は短時間で清掃され、汚染の疑いのある飼料は隔離された。拠点から運ばれたのは、栄養価の高い乾燥アルファルファ、特別に調整したビタミン剤入りのハーブペレット、そして下痢や消化不良に効くとされる柑橘系の乾燥枝。これらは人の薬と違って投与量や投与法の指示が重要だ。エレンが村の若者たちに一つ一つ説明しながら、彼らは慎重に投薬を行った。


数日が過ぎる。最初に重篤だった数頭のうち、立ち上がれなかった一頭がゆっくりと頭を上げ、目に力を取り戻し始めた。解熱と水分管理、そして栄養補助が功を奏した兆しだった。村人の顔に少しずつ安堵が戻る。


だが治療の過程で、別の問題も浮上した。飼料の一部からカビ毒に似た代謝物が検出されたのだ。収穫後の保管が不十分で、湿気を含んだ袋の中で微生物が増殖したらしい。ルシアンは額を押さえて言った。


「これは教訓だ。人の食と同様に、家畜の飼料管理も我々の責任だ。保存と品質管理の教育を拡張しなければならない」


アメリアは静かに頷く。「今回のことは、種と人と家畜が一体になった問題だった。薬草だけでなく、保存技術、乾燥、通気、保管容器の改善までを教える必要がある。村の生活基盤を壊さずに変える方法でね」


それからの数週間、薬草園は往復の拠点となった。研修生たちが村に常駐し、乾燥室の改良と保管のノウハウを指導する。学術院の技術者がカビ対策の防湿パッキング方法を実地で教え、セイリウスが契約に基づく緊急基金の手配を進める。アメリアは現地で朝夕の回診を続け、村人とともに牛の世話をした。エレンは最前線で記録を取り、成長が見えるごとに胸を張った。


冬の合間を縫って、村では小さな祭りが開かれた。病気から立ち直った子牛を囲み、村人が静かに感謝の席を設ける。アメリアたちは招かれ、温かいスープと粗末だが心のこもった料理を受けた。長老が杯を掲げる。


「助けを受けたこと、忘れぬ。共にあるとはこういうことだ」


その言葉に、アメリアは胸が熱くなった。薬草園は薬を作るだけの場所ではなかった。知識を持ち寄り、共有し、困ったときに互いを支える場。種や薬はその核にあるが、本当の力は人と人の繋がりにあった。


雪は解ける気配を見せ、春への兆しが混じり始める。牛は回復し、子らは外で元気に跳ね回る。アメリアは朝、蒼炎草の苗床を見下ろし、静かに言った。


「科学だけでも、技術だけでも、ひとつの庭は守れない。人の手と知恵と信頼が揃ってはじめて、命は次へと繋がるのね」


ルシアンが肩越しに微笑む。「あなたはいつも、その先を見ている。僕らがついていけるのは幸運だよ」


アメリアは小さく笑い、手袋の中の種袋をぎゅっと握った。雪解けの音が遠くでする。薬草園の小さな奇跡は、また一つ静かに芽を伸ばしている。

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