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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第46話 「守るための選択――拡張か、自立か」

初夏の風が丘を渡り、薬草園の畝は勢いよく緑を伸ばしていた。苗の列の間を歩くと、土の匂いと草の香りが混ざり合い、胸が満たされるようだった。拠点から戻った若きコーディネーターたちは、教えたことを各地で実践しつつあり、園は忙しくも穏やかな日常を取り戻している。


その朝、学術院から重い書簡が届いた。封を切ると、そこには王都の有力商会と学術院の共同による「大規模生産支援計画」の提案書が添えられていた。要点は簡潔だ。資金と流通網を投入し、生産を急速に拡大する代わりに、管理体制の一部を中央が引き受けるというものだった――規模を拡大し、多くの人に薬を届けられる一方で、現地の自治性が後退する可能性も含んでいる。


アメリアは書簡を持ちながら、丘の縁に立って遠くの集落を見下ろした。風に揺れる蒼炎草の葉が、固い決意を揺らすことはない。しかし選択は簡単ではない。拡充は、より多くの命を救う力を持つ。そして同時に、それは土地のルールや人々の暮らしを変えてしまいかねない。


ルシアンが静かに近づく。彼の表情はいつもより真剣だった。


「資金面と流通の問題は一気に解決します。だが、契約書の第七条を見ると、運営権の一部が委譲される形になっています。保護条項はあるものの、長期的には外部の影響力が強くなる懸念があります」


セイリウスは手元の書類を検討し、法的な角度から指摘を添える。


「妥協の余地はある。契約の文言を詰め、自治を守るための明確なガバナンス条項を入れれば、中央と現場の両立は可能だ。ただし交渉は長引くし、王都の事情も絡めば政治的な駆け引きが必要になる」


アメリアは書簡を畳み、深く息をついた。彼女にとって何より重要なのは、「誰のために薬を作るのか」という原点だ。村の母親、山の老人、港の漁師たち――受け取る人々にとって薬が確実に行き渡ることは不可欠だが、それが誰かの権力の道具になってはならない。


昼、共同委員会が招集された。学術院と王都の監査役、村の代表、拠点代表、そして学術院から派遣された交渉役。 roomの空気は重く、各々の顔には緊張が漂う。アメリアは静かに提案書を取り出し、すべての条項に目を通していく。


「私たちが受け入れられるのは、次の条件です」アメリアは一つずつ明確に宣言した。「第一に、拠点の運営に関する最終決定権は地域の代表会議に残すこと。第二に、資金援助はインフラと教育、検査体制の強化に限定し、流通と販売の権利は共同管理とすること。第三に、透明性を担保するため、定期的な公開報告と外部監査の双方を義務付けること」


隣席の代表たちが耳をすます。キングサイズの提案書の中で、権利を譲渡するよう求める条項に対して、アメリアは揺るぎない拒否のラインを引いた。だが王都側の監査役は慎重だ。


「それは理解できます。だが完全な自治を維持したまま拡大を図るには、リスク管理の枠組みが充分でなければならない。王都としては、支援の前にいくつかの条件を満たしてほしい」


交渉は水面下で長引いた。議論は技術的な補正係数の話から、資金の運用、最終的には「緊急時に王都が介入できるか否か」という政治的なラインにまで波及する。拠点代表の一人がついに口を開いた。


「私たちは確かに人手が足りない。だが外の手が入れば、我々のやり方が変わるかもしれない。それは嫌だ」


会議室に静寂が広がる。誰もが自分の望みと恐れを抱えている。アメリアは立ち上がり、静かに語り始める。


「私たちは規模を拡大して、もっと多くの人に薬を届けたい。だがその過程で“誰が守るのか”を見失ってはいけない。私たちは、薬を手にする人々の信頼を守るためにやっている。もし支援がその信頼を壊すなら、その支援は拒否すべきです」


その言葉に、代表たちの顔に少しずつ安堵が広がる。だが交渉は終わっていない。王都側は一晩の猶予を求めた。彼らもまた政治と責務の板挟みにある。


夜、薬草園の小屋で三人は残った文面を改めて読んでいた。外は静かだが、アメリアの胸は静かに騒いでいる。大きな資金は魅力だ。だが彼女は自分の手で築いた場を、外部の利害で変質させたくはなかった。


「私たちは譲れないものを持っている」ルシアンがぽつりと言う。「それは“現場主義”だ。だが護るためには、現実的な妥協も必要だ」


セイリウスは前に出した紙の角を指先で擦る。


「交渉のテーブルで、明確なガードレールを入れさせよう。緊急時の介入は可能にせよ、その発動基準は厳格に限定する。さらに資金はエスクロー(信託)方式で管理し、地域の報告義務が果たされなければ支払いは停止する。こうすれば、力の一方的行使を防げるはずだ」


アメリアはその案を静かに受け止めた。考え抜いた表情で、やがて小さく頷く。


翌朝、再び会議の場に向かうと、王都の代表の態度が変わっていた。彼らもまた現場の声と、王国全体の安定を天秤にかけている。最終的に提示されたのは、改訂された覚書だった。主要点は次の通り――資金はインフラと教育、緊急保守に限定、運営は共同ガバナンス、緊急介入は厳格に定義、公開報告と外部監査の義務付け。さらに、三年後に共同評価を行い、自治の範囲を再検討する旨が盛り込まれていた。


代表たちは席を見渡し、互いに目を合わせる。拠点の顔ぶれの中には賛否があり、長老の一人がゆっくりと立ち上がった。


「我らの代で決めるのは、次の世代の暮らしだ。果たしてこの覚書が、子らにとって良い礎となるか。私はこれを受け入れよう。だが条件はひとつ。毎年、我々が現場で検査し、結果を公開すること。王都も、それを守るということだ」


会場に静かな承認の波が広がった。王都側の監査役も、深く頷く。セイリウスは覚書に手を置き、慎重に署名した。アメリアは胸の奥で重い何かを降ろしたように感じた――それは安堵でもあり、これからの重責に対する覚悟でもあった。


合意は成立した。しかしそれはスタートラインに立ったに過ぎない。運営の透明性を保ち、自治を守ること――両者のバランスを保つ作業は、これから日々の業務の中で試されていく。アメリアは深く息を吸い、丘の方角を見つめた。蒼炎草の列が風に揺れている。


「私たちは、守るために選んだ」彼女は小さく言う。ルシアンとセイリウスは黙って頷いた。


数週間後、契約を基にした試験的な拡張が始まる。新しい乾燥棚、新しい検査機器、そして勉強会を兼ねた共同ワークショップ――すべては現場の人々と学術の若手、王都の監査役による共同作業として進められた。外からの資金は確かに助けとなり、機器の導入で作業効率は上がる。しかし、現場の声を常に反映するための代表会議の運営は想像以上に手間がかかる。調整はしばしば夜遅くまで続き、誰もが疲労を感じた。


ある夜、拠点の一つで小さな抗議が起きた。外商の代理が現地で販売価格を引き下げる意向を示したという情報が伝わり、漁師や農人が集まって怒声を上げた。アメリアはただちに現地へ赴き、代表会議を招集する。現場の怒りは、拡張に対する漠然とした不安が形になったものだった。彼女は静かに、しかし確固たる言葉で語りかける。


「私たちは誰かの利益のためにここにいるのではない。生活と命を守るためにここにいる。価格や販売ルートは、必ず代表会議を通して決める。もし外圧があれば、ここには公開の手順がある。皆で守る――それが我々の合意だ」


その場で最終的に外商側と会談が行われ、調停の結果、価格設定は共同で行うこと、地域への事前告知と同意がなければ取引は行わないことが確認された。外商の態度はぎりぎりの歩み寄りだったが、地域の結束は一段と強まった。


夜、薬草園へ戻る道すがら、アメリアは泥の付いた手を見つめる。拡張は確かに楽ではない。だが、現場の力は確かに増していると感じる瞬間もある。若いコーディネーターが自信を持って代表会議で意見を述べ、村人が自分たちの権利を求めて声を上げる。そうした姿が、最も大切な成果だ。


丘の上で三人は静かに星を見上げる。遠くには王都の灯りと、港の光が揺れている。風に乗って、ささやかな花の香りが混じる。アメリアはそっと手帳を開き、今日の一行を記す。


「拡張は道具。守るのは心。今日も誰かの手から次の世代へと渡る種を見守った」


夜は深い。しかし明日はまた忙しい。守るための選択をし続ける覚悟は、彼女たちの胸に固く座っている。薬草園の根は深く、幾多の試練を越えて、やがて大きな庭へと広がっていくはずだ――そのために、今日もまた手を動かす。

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