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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第45話 「絆の継承――夜明けの教え」

春の朝がゆっくりと丘を満たす頃、薬草園は新たな日課で動き始めていた。収穫と乾燥、検査の連続の中に、今は「継承」の時間が組み込まれている。拠点から派遣された若きコーディネーターたちが集い、アメリアとルシアン、セイリウスがその育成に当たっていた。


「まずは畝を歩きなさい。土を見れば、草は語る」アメリアが言うと、若者たちは素直に畝へ入った。土の匂い、苗の触感、葉の色――言葉ではなく身体で覚えることが、最も確かな知識になると彼女は知っている。


一組ずつ、指導は細かく温かい。刃物の使い方、乾燥の微妙なタイミング、簡易検査の読み方。アメリアは手を取って示し、ルシアンは数値の意味を平易に解説し、セイリウスは記録の残し方と、万が一のときの連絡ルートを厳しく伝える。実務と倫理が同じ皿の上に並べられる瞬間だ。


午後には、実践演習として「模擬出荷」が行われた。若者たちはペアになり、箱詰めからラベルの貼り付け、ログの入力まで一連の工程を担当する。作業場には緊張と笑いが交錯した。ある研修生がラベルを逆さまに貼ってしまい、周囲が一瞬ざわつくが、すぐに誰かがフォローし、作業は滞りなく進んだ。失敗を咎めるのではなく、直す手順を学ばせることが大切だと、アメリアは繰り返す。


夕方になり、作業が終わる頃、学術院からの報告が届いた。先日の拠点間試行で収集したデータが取りまとめられ、幾つかの改善指針が示されているという。ルシアンがそれを読み上げると、若手たちは目を輝かせた。自分たちの汗が、制度の変化につながる――実感できることは力を与える。


その夜、薬草園では小さな集いが開かれた。村の者たちと研修生、学術院の若手が輪になり、簡素な食事と温かいハーブティーを分け合う。言葉は少しずつ弾み、仕事の愚痴や成功談、土地の昔話が交差する。アメリアは端に座り、静かにその輪を見守る。誰かが笑い声を上げるたびに、胸の中で何かが柔らかくほころんでいくのを感じた。


深夜、灯りが少なくなった頃、アメリアは一人、乾燥小屋の隅で古い手帳を開いていた。そこには初めて種を蒔いた頃のメモや、病人が微笑んだ日の短い記録が残されている。指先がその頁を辿ると、次世代へ託すべき言葉が自然と浮かんだ——「守るとは、手放すことでもある」。


その言葉を胸に、彼女は翌日の課題を組み立てる。育てた者たちに自立の場を与え、同時に支援の網を緩めずに張っておく。均衡は難しいが、それが共同を続けるための要諦だ。


翌早朝、拠点の一つから急報が入る。近隣の小集落で乳幼児に原因不明の発熱が続いているという。最初の連絡は不安げだったが、症状は重篤というわけではないらしい。アメリアは躊躇なく出動を決め、若きコーディネーターのひとり——エレンを先遣に任命した。エレンは先日まで乾燥室で手伝っていた若者だ。短い準備の後、簡易診療セットを携えて出発する。


エレンは現地につくと、まず母親たちの話を静かに聞いた。問診と基本的なバイタルチェックを行い、周囲の環境を観察する。水源、食生活、寝具の状況、最近の外出履歴——原因を探るために、さまざまな「線」を拾い集める。村人たちは最初は警戒していたが、エレンの真摯な態度に次第に心を開いていく。


短い時間で可能な処置は限られているが、応急措置と衛生指導、そして薬草を溶出した軟膏と煎じ薬を数回分だけ配布することが決まる。エレンは使用方法を丁寧に説明し、変化が見られなければただちに本隊へ連絡するように伝えて帰路につく。村の代表が深く礼をして見送ったとき、エレンの胸に初めて「自分の仕事が誰かの日常を変えた」という実感が生まれた。


戻ったエレンは薬草園でアメリアたちに報告する。症状は治療と生活改善の指導で徐々に治まりつつあるが、原因の一端には過密な住環境と栄養不足があることが見えた。アメリアは静かに頷き、次の段取りを指示する。医療だけでなく、教育と生活改善の支援が必要なのだ。


数日をかけてチームは調整を行った。学術院から栄養士が派遣され、拠点ラボは保存食とビタミン補給のための簡易レシピを作成した。村の母親たちが料理教室を開き、地元の食材で栄養を補う方法を学ぶ。少しずつ、数値では表れにくいが確実な変化が訪れた。子供たちの目が澄み、昼間の顔色が明るくなる。村の空気が緩やかに変わり始めるのがわかった。


その変化の夜、アメリアは丘のてっぺんでルシアンと向かい合った。二人は言葉少なに夜景を眺める。遠くに見える村の灯りは以前より増えている。


「種は蒔いた。後は水と見守りだ」ルシアンがぽつりと言う。


「育てるのは時間と人間関係。私たちが介在するのは、そのはじめの手だね」アメリアは答える。疲労の隅にある静かな満足が二人を満たす。


朝が来ると、若きコーディネーターたちの顔が変わっているのがわかった。責任感がしっかりと根を張り、互いに助け合う姿勢が自然と生まれていた。アメリアはその様子を見て、ゆっくりと微笑んだ。自分が守りたかったものが、確かに次の手に託されつつある——それを誰よりも深く感じられたからだ。


春は巡り、薬草園は新しい日々を積み重ねる。畝の上では小さな緑が伸び、人々は互いの顔を覚え、手を取り合う。風は変わるが、根はしっかりと張っていく —— そんな確かな歩みが、ここにはあった。

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