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辺境伯令嬢は薬草園でまったりスローライフ ~追放?破滅?いいえ、今日もハーブティーが美味しいです~  作者: 和三盆


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第43話 「初陣の出荷――嵐を越えて」

朝靄がまだ消えきらぬうちに、薬草園は普段よりも忙しなかった。今日は拠点間で初めて統一規格に沿って調整したロットの、共同出荷日である。山の乾燥場、沿岸の加工庫、辺境の検査室──三つの地点で整えられた箱が、今まさに一列に積み上がっている。


「本当に、これでいいのね」マリーが小声で呟いた。診療道具を手に、彼女はいつもの静かな眼差しで箱の封を確かめる。治癒を待つ人々がいる。手順に抜けは許されない。


ルシアンは最後のチェックリストを読み上げる。温湿度のログ、トレーサビリティのタグ、製造者の署名、第三者によるサンプル検査の結果——全てが緑の印で埋められていた。だが彼の指先は微かに震えている。数字の隅にある小さな不一致が、心配の種だ。


「些細な差だ。誤差範囲内だよ」ルシアンが言い聞かせるように呟く。だが、その「些細」が現場では命取りになることもある。アメリアは彼の不安を受け止めるように軽く笑い、静かに答えた。


「全員で見た。問題は起きない。私たちは準備した通りに進めるだけよ」


トゥールは荷車の脇で馬をなだめ、カプラの小舟が港に向かう手配をしている。今夜には王都の中央病院へ到着する予定だ。初めての共同ロットが、都市の人々の目に触れる瞬間。重みがある。


出発の列は午後の陽が傾き始めるころに整い、三隊に分かれて動き出した。山道を行く車隊、河を下る筏、海路を行く小舟——互いに途中で連絡を取り合い、予定通りの交差点で合流する段取りだ。


出発から半刻ほど経ったころ、空が急に曇り始めた。風が冷たくなり、低い雲が山に押し寄せる。気象の尾を読んでいたミロが顔色を変えた。


「嵐が来る。予想より早いぞ」彼は短く伝える。


アメリアは即座に判断を下す。三経路のうち、海路は波の影響を最も受けやすい。港に向かっていたカプラに無線を入れる。


「小舟は港へ戻りなさい。積み替え可能なら陸路で合流させます。安全第一、無理は禁物だ」


カプラの返事は素早かった。「了解。すぐに引き返す。港で待機、保護をかけます」


だが問題は山道だ。豪雨は土砂崩れを引き起こすこともある。ハーヴェスト領の小道は狭く、雨でぬかるめば車輪は立ち往生する。ルシアンはトゥールに連絡を取り、進路を変更して低地の道を使わせるよう指示した。だが低地は水位上昇のリスクがある。どちらを取るかは、命を賭けた選択だ。


「我々はすべての可能性を考えた。だが最終判断は現地で」アメリアは言う。声に揺るぎはない。彼女は苛烈な状況でも冷静に状況を把握し、誰より速く行動する。


嵐は想像以上に早く来襲した。黒い雨柱が山肌を走り、風が樹を轟かせる。山道の車隊は予備のロープを取り出し、荷を縛り直しながらゆっくりと進む。河の筏も増水に注意し、渡河地点では補助索を張る。沿岸ではカプラの指示で船を港の入り江に突っ込ませ、波の直撃を避ける措置がとられた。


雨の中、合流地点へ向かう無線が飛び交う。だがそのうち一つ、山道のコールが切れた。トゥールの声が、雑音に途切れがちになる。


「…ルシア…道が…土砂が…少し立ち往生…だが、箱は無事…」その断片の中に、焦燥と決意が混ざっていた。


アメリアは嵐の中で膝をつき、掌で土を確かめるように深呼吸した。山の人々は古くから雨を知っている。だが、機械や社会は自然の猛威に簡単に屈する。彼女は判断を一期に下した。


「陸路でいけるところまで運べ。到達不能なら一時的に近隣の安全な倉に保管して、安全が確保され次第再集合する。無理は禁物。人を第一に」


負荷のかかる選択だ。山道の先頭にいる者の判断で、荷を降ろし避難することもあり得る。だが誰もが互いの顔を見て頷いた。命を守るための撤退は、敗北ではない。


雨は夜半に最も激しさを増し、辺境の闇は雷で断続的に切り裂かれた。各地で速やかな対応が行われ、人の安全は守られていった。しかし合流は困難を極めた。予定の到着時刻は過ぎ、王都の病院には遅延の連絡を入れざるを得ない。


だが翌朝、嵐が去ると同時に、現場は驚くほどの一枚岩を見せた。山道の車列は一夜がかりで深い泥をかき出し、筏は流木を取り除き、港は再び小舟を出して沿岸からの輸送を手配した。村人たちの手が動き、互いに助け合って荷を集めなおしたのだ。


「やっぱり、人の手は強い」ルシアンが泥だらけの手を見つめて笑った。その顔には疲労の影があるが、誇りが滲んでいる。


箱の一つひとつが再検査され、タグとログは照合される。多少のロット差は出たが、品質に問題はない。アメリアは箱の一つを開き、中身を確かめて静かに息を吐いた。薬草の香りは嵐を抜けても変わらず、柔らかく甘い。


「これで、行けます」彼女が言うと、隊列の誰もが顔を上げた。王都の中央病院へ向かう最後の輸送は、三つの路から再び動き出す。今回は、嵐の経験を踏まえた保険措置が十二分に施されている。保管場所の連絡網、予備の輸送ルート、そして現地での緊急対応班。皆の動きは以前よりも洗練されていた。


王都での受取は簡潔だったが胸に残るものがあった。中央病院の外来部長は厳しい表情で資料を確認し、次いでアメリアに向き直った。


「辺境のロット……問題はありませんでした。感謝します」部長の声に力がある。人々の生命を預かる立場の重さが、その声に含まれている。


薬はすぐに評価室へ回され、規格通りの検査を受けた。試験は良好で、中央病院は次の週からこのロットを臨時配布すると決定した。だが受け入れの場で、部長は一つ提案をした。


「今回のことは、単なる供給ではありませんでした。貴方たちの仕組みは、地域をつなぐ見本になる。だが同時に、供給網の脆さも露呈しました。王都としては、貴園のネットワークを公式に支援し、災害時の緊急連携枠を整備したい」


アメリアはその言葉を静かに受け止めた。支援は大きな後押しになるが、王都の介入は時に現場の自律を奪う危険も孕む。彼女は即答せず、皆の顔をひとりずつ見回した。


ルシアンの瞳が、ほんの少し鋭く光った。セイリウスは書類の角に触れ、整えられた案の文言を頭の中でなぞる。


「私たちは、現場の声を守る枠組みを条件に検討したい」アメリアは言った。言葉は慎重だが強い。王都の支援を受ける代わりに、現地が運営するための権限と透明性の担保を求める。そして、支援は技術とインフラの補助に限定し、収益や管理権は共同で決めること――その条件を提示した。


部長はしばらく黙り、やがて深く頷いた。「それは理にかなっている。王もその方向性を支持するだろう。正式な協議を進めよう」


薬草園のチームは王都の承諾を得て戻る道すがら、ゆっくりと車輪の音を聞いた。嵐を超えた共同作業は彼らの結束を強めた。だがアメリアの胸には新たな覚悟が灯っていた。支援は力になるが、守るべきものがある。現場の声、土地の知恵、そしてなによりも人々の生活だ。


夕陽が丘を金色に染めると、三人は丘の縁に立ち、蒼炎草の苗を見下ろした。泥と汗と眠気で顔は汚れているが、その手は確かに未来へと種を渡した実感で温かい。


「始まりの一歩が、こんなにも重いとは思わなかったわ」アメリアがぽつりと言う。


「だが、確かな一歩だ」ルシアンが応え、セイリウスは静かに笑った。


夜風が薬草の香りを運ぶ。遠くで子どもが笑う声が聞こえた。嵐の跡は消えないが、彼らは越えた。次に来るのは、また別の試練だろう。だが今日は確かに祝える一日だった。箱の中の薬が、誰かの夜を明るくするだろうという確信が、三人の胸を満たしているのだった。

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