第42話 「標準の試行――現場が語り合う日」
王都からの指示書が、朝の冷たい空気の中を裂くように届けられた。
内容はひとつ。
――“各拠点間の連携テストを開始せよ。基準値の相互検証を行うこと。”
薬草園の小屋にいたアメリアは、紙を開いた瞬間に息をのみ、次にふっと笑った。
とうとうこの時が来たのだ。
地域ごとの違いをすり合わせ、同じ“標準”を共有できるか――それは机の上ではなく、現場の人たちが向き合うことでしか前に進まない。
「じゃあ、始めましょうか」
短いひと言で、全員の背筋が伸びる。
午前中、最初の拠点同士の対話が始まった。
参加したのは、乾燥地帯の山岳拠点の代表、湿度の高い沿岸拠点の班長。
気候も文化も違う二つの土地のチームが、一緒に同じ薬草を測り、同じ表を読み上げ、同じチェックシートに記入していく。
最初の五分はぎこちなかった。
数字の読み方が違い、呼び方が違い、習慣が違う。
一見些細な差は、共同作業では案外大きな壁になる。
「その“乾度”って……うちでは“水気残り”って呼んでるんですが」
「……あ、そうなの? ああ、なるほど、それなら理解しやすいわ」
同じ意味なのに、言葉が違う――そんなことで双方が苦笑する。
だが、笑った瞬間から場の空気が変わった。
違いは壁じゃない。
伝え方ひとつで橋になる。
アメリアは後ろでその様子を見ながら、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
正午を過ぎるころ、ひとつの状況が起きた。
沿岸拠点の測定器で「異常値」が出たのだ。
「これは……劣化の兆候です!」
沿岸側の班長が声を上げるが、山岳側は困惑していた。
「いや、同じ薬草をこちらで測ると問題ないのですが……?」
双方の空気がピンと張り詰めた瞬間、アメリアが前に出た。
「測定器を貸して。双方ともね」
二台を並べ、アメリアは落ち着いた手つきで同じ薬草を測り直す。
結果は――微妙なズレ。それも、沿岸側の器具が“湿度の変化に弱い”ことが原因だった。
「この地域の湿度では、この機種は誤差が増えやすいの。器具が悪いわけじゃなくて、土地が違いすぎるせい」
その説明に、沿岸側の班長が息を吐いた。
「……つまり、うちの土地用の補正係数を作ればいい、ということですか」
「ええ。今日の対話の目的そのものよ」
山岳側の代表が少し照れて笑った。
「こうして一緒に測ってみなければわからなかったな」
二人が笑い合うのを見て、アメリアも軽くうなずいた。
拠点が違えば文化も違う。
違うからこそ、同じ形にそろえられる部分と、そろえない方がいい部分がある。
これが標準化の“核心”だった。
夕刻。
今日のデータと感想をまとめる座談会が開かれた。
「うちの拠点のやり方、案外ガチガチだって気づきました」
「いや、こちらこそ柔らかく考えすぎてて……記録の残し方は見習わなきゃ」
お互いが自然に相手の良さを拾い、学ぼうとしている。
アメリアはその光景に、思わず小さく笑った。
「標準は、押し付けじゃない。みんなで作るものなのね」
誰に向けたわけでもないつぶやきだったが、隣にいたルシアンが聞き取っていた。
「――ええ。あなたが橋を架けた結果でしょう」
ふだん控えめな彼がそう言うと、アメリアは少し驚いて彼を見る。
しかし返事をする前に、遠くで拠点代表たちが笑い合う声が聞こえた。
その音が、なによりもこの日の成果を物語っていた。
夜。
薬草園の静かな小屋でアメリアは机に向かい、今日のまとめを書きながら思う。
地域が違えば、価値観も技も、守りたいものも違う。
それでも――お互いが「わからない」を怖がらずに向き合えば、道は必ずひらける。
これが“標準化”の本当の始まりなのだ。
彼女の手からペンが止まる。
外には、月。
薬草の影が長く揺れ、明日への気配を静かに告げていた。




