第41話 「規格化の壁――地域ごとの最適化」
夜明け前の薄い光が薬草園の葉を照らすころ、アメリアは机に向かって書類と格闘していた。港での試作品は一定の成果を上げたが、次の課題は“量産”と“均質化”。拠点ごとに気候も土地も違う以上、単純な一律規格など作れるはずもない。
セイリウスが持ち込んだファイルには、成分の許容幅、乾燥時間、保管条件などの詳細に加え、「地域別補正係数」という表が並んでいる。
「同じ薬草でも、土地が変われば抽出率も変わる。形だけの統一基準では、現場が壊れる」
「補正値でカバーはできるが……負担は確実に増えるな」
ルシアンは数値を追いながら言った。
アメリアは手元の紙を差し出す。
「だから、“現場が使える形式”に落とし込むのよ。どの段階で誰が確認するか、視覚でわかるようにする。これなら、経験が浅い人でも迷わないはず」
図版入りの手本に二人は目を見張った。小難しい言い回しを徹底的に排し、必要な手順だけを詰め込んだ実用特化の資料だった。
午前、共同委員会が開かれた。学術院、王室監査役、各拠点代表、生産者団体――多くの立場が集まる部屋は緊張感に包まれている。
議題はまず「検査頻度」。
北の小郡は人手不足で週次は困難だと訴え、沿岸部は天候要因から短期のサンプリングを望んだ。
アメリアは一つひとつ意見を聞き、短く提案した。
「二段階方式にしましょう。日常の簡易チェックは現地で、詳細検査は近隣拠点や学術院がサポートする形で。重要なのは、どの地域も止まらないことです」
その場で合意が生まれ、会議室の空気がわずかに柔らぐ。
昼過ぎ、トゥールが勢いよく駆け込んできた。
「アメリア様! 新しく立ち上げた拠点で、簡易チェックが正しく運用されていません!」
原因は、学術式のフォーマットが難しすぎたことだった。
アメリアはすぐに立ち上がり、トゥールを連れて拠点へ向かう。
そこでは研修生たちが数値入力を前に頭を抱えていた。
アメリアは彼らの前に立ち、紙芝居のように一工程ずつ絵と実物で説明を始める。
専門用語は排し、現地の言葉を使い、間違いやすいポイントは実際に触って体で覚えてもらう。
やがて一人の若者がぽつりとつぶやいた。
「……あ、これならできる。難しいと思ってたけど、ただ知らなかっただけなんだな」
その声に周囲の表情が一斉に変わった。
夕刻、簡易ラボに戻ったアメリア、セイリウス、ルシアンの三人は今日の成果を整理していた。
「教育を継続して回す仕組みが必要ですね」
「資金流入が増えた時の透明性の担保は欠かせない」
二人の指摘にアメリアはうなずく。
「教材一式を作りましょう。図版、動画、それから現地で教えられるコーディネーターの育成。資金は王室の特別枠と寄付で。すべて記録して公開するわ」
セイリウスの眉がわずかに緩んだ。
「……あなたは本当に抜け目がない」
「必要だからやるだけよ」
アメリアは淡々と答えたが、その目には確かな意志が宿っていた。
翌朝、学術院の若手が報告書を持って訪れる。
導入から一か月――簡易チェックの運用は改善され、入力エラーは半減。
だが一つの地域で成分の分解率に問題があり、補正値を再設定する必要があるという。
「やはり気候差は無視できませんね」
ルシアンが言い、セイリウスが続ける。
「ただ、現地が正確にデータを出せるようになった証拠でもある」
アメリアは小さく微笑んだ。
「大丈夫。現場が強くなれば、規格化は前に進むわ」
夜。薬草園の灯りの下で、アメリアは静かに今日の記録を書き留めた。
地域を守るための規格は、一つの正解では作れない。
それぞれの土地に寄り添い、できる形を探し、積み重ねていくしかない。
その作業を楽しめる自分が、アメリアは少しだけ誇らしかった。




